結局何一つ変わらない



ナインはとある人物を探しに、魔導院内を駆けずり回っていた。リフレッシュルーム、サロン、クリスタリウム、どこを探しても見つからず、エントランスに出たナインは柄にもなく溜め息を溢す。そんなナインの耳に、探し求めていた人物の声が聞こえてきて、声のした方角を勢いよく振り向いた。
自身の組へと続くエントランスの端に、探し求めていた人物と見慣れた男が目に入る。


「あの野郎…!」


そう呟いたあと、ナインは二人のところへ向かって駆け出した。


「おいコラキングコラァ!」
「あ、ナイン!」
「…ナインか。なんだ騒々しい」


キングは呆れた顔でナインを見る。グルル、と今にも飛びかかってきそうなナインにキングは小さく息を吐いた。


「てめぇ、こんなとこで何してんだコラ」
「なんでお前は喧嘩腰なんだ。何してたって見ての通りだが」
「ナインもキングに用があるの?」


顔を覗き込んでくるなまえに、ナインはウッと言葉を詰まらせる。ぐるぐると何を話せばいいのか思考を巡らせてやっと出た言葉は「べ、別に用はねぇ」だった。


「つーか俺はなまえに用事が――」
「俺に用がないのなら一体何の用だ」


キングはわざとらしくナインの言葉を遮る。言い切る前に遮られたことにナインはイラッとするけれど、彼女の前で大声を出すわけにはいかず、ぐっと堪える。
ギロリとキングを見ればキングもナインを見ていて、二人の間に火花が散っているように見えた。そんな二人に、なまえは首を傾げる。


「あ、もしかしてナインもキングに見てもらいたいの?」
「んあ?見てもらいたいって何をだよ」
「勉強だよー」
「げぇっ…」


勉強という言葉を聞くな否や、ナインは嫌そうに顔を歪ませた。そんなナインを見て、キングは口元を僅かに上げる。


「無理強いはしないぞ」
「!じょ、上等だ。やってやろーじゃねぇか!」
「あはは、ナインったら勉強するだけなのに、気合充分だね!」
「おう、まぁな!」


ここで引くわけにはいかないナインはもはや自棄を起こしていた。ナインならそうくるだろうと思っていたキングが一人ほくそ笑んでいたのを二人は知らない。



そんなこんなでやって来たのは0組の教室だった。一度、クリスタリウムに足を運んだけれどクオンに「なまえとキングはいいが、ナインはこの間も騒いでいたのでクリスタリウムに入るのは禁ずる」と暫くの間出入り禁止を食らったので、結局教室で勉強することとなった。
ばつが悪そうなナインをなまえが励ます。


「気にすることないよ、ナイン。たまにはそんなこともあるって」
「なんか悪りぃな…」
「これを機に日頃の行いを改めたらどうだ」
「あぁん?日頃の行いって、普通に暮らしてればいいだけだろ?そんなの改める必要があんのかよ!」
「んーなんか違うようなあってるような…」
「いや全く違うだろう」


二人の会話に呆れながら、キングは教本を取り出すよう促した。なまえははい!と良い返事をしてすぐに教本を取り出すけれど、ナインは未だ鞄の中を探っている。それを二人で見守ること数秒、ナインは片手で頭を抱えた。


「くっそ、部屋に忘れてきちまった…」
「お前…今日授業あっただろうが。その時はどうしたんだ」
「あー…その辺にあったのを貸してもらったっつーか」
「そういえば今日ジャックが怒られてたよね?」
「…………」
「あ、あれジャックのだったのか!わ、悪りぃことしちまったな、ははは…」


苦し紛れに笑って見せるけれど、キングの冷めた目線がちくちくとナインに刺さる。なまえのほうをちらりと見れば、なまえも眉尻を下げて困ったように苦笑を浮かべていた。
自分の不甲斐なさに肩を落としていると、なまえが肩を軽く叩く。


「後で一緒にジャックに謝りに行こ、ね?ジャックも謝れば許してくれるよ!」
「なまえ…」
「…はぁ、なまえはナインに甘過ぎだ」
「えっ、そう?んー…あ、じゃあキングも一緒に謝りに行こう!」
「は?なんでそうなる」
「あれだよ、えーっと、道連れ」
「…俺を巻き込むなよ」


キングはそう言いつつもノーと言えない自分も充分彼女に甘いなと苦笑していると、ふとナインと目が合う。ナインは眉間に皺を寄せて、それはそれは嫌そうな顔をしていたけれど、文句を言わない辺り、少なからず申し訳ないと思っているのだろう。ナインにしては上出来だ、とキングはフッと笑った。


「じゃあ、ナイン、私の教本一緒に使う?」
「お、おう、サン」
「待て。ナインには俺のを貸してやろう」
「……キングてめぇ」


またしても遮られたナインはギロリとキングを睨み付ける。キングはそうはさせるか、と言いたげな表情のまま、ナインに自身の教本を差し出した。


「大切に扱えよ」
「チッ、わーってら!」


ふん、と鼻を鳴らしながらそれを受け取る。しかし、自分の教本がなければ人に教えることもできないだろう。教本がないのにキングはどうするつもりだ、と思っていたら、なまえの教本を覗き込むキングの姿がナインの目に映った。


「どこが分からないんだ?」
「あ、ここなんだけどね」
「……だあああ!そういうことかよコラァ!」
「わっ、ど、どしたのナイン?」
「いや何でもねぇ!おいキング!俺はな!」


バンッと机を叩いて立ち上がる。呆然と見上げるなまえと、呆れた顔をしているキングに、ナインは拳を握り口を開いた。


「俺は、…ぜんっぶわかんねぇ!」
「……は?」
「え?」
「だから一から教えろコラァ!」


ナインは凄い剣幕でキングに詰め寄る。さすがのキングも目が点になっていた。我に返ったキングは、そうくるとは思わなかったのか、こめかみを押さえて大きく息を吐き出す。そんな中、なまえの笑い声が二人の耳に入った。


「ふふ、あはははは!な、ナインったら、ふふふっ」
「な、なんで笑うんだよ…」
「だ、だって、いくら全部わかんないからってキングに教えてもらわなくても、て思って」
「仕方ねぇだろ、こうでもしねぇと腹の虫が治んねぇっつーか」
「ね、私でよかったら教えようか?」
「は?オイ、マジでいいのか?」
「全部は教えられないけどね」
「よっしゃあ!じゃあたの」
「それならなまえがわからないとこは俺が教えてやろう」
「あ、それいいね!それなら私がわかんなくてもキングが教えてくれるし、私もわかるし、一石二鳥だね!ね、ナイン!」
「……おぅ」


折角の申し出なのに、結局今と何も変わらないことにナインは絶望するしかなかった。




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