あたたかいもの



ルシになると人間の時にあった感情や意思が失われる。突然それがなくなってしまうルシもいれば、徐々に失われていくルシもいる。そうしてルシはクリスタルの傀儡と成り果てる。
そう悟った時には人の持つ感情や意思なんてものはとうに無くなっていた。



トゴレスの要塞で白虎のルシが突如現れた。そこへ空に一直線に朱い光が走る。それは朱雀のルシであるシュユのものだった。
クラサメから緊急通信を受けた候補生はトゴレス要塞から即座に退避した。ルシであるニンブスと渡り合えるのはルシである者のみ。朱雀クリスタルの危機であることを朱雀のルシ、シュユは悟りトゴレスの大地に舞い降りた。

双方のルシはトゴレス要塞で激闘を繰り広げ、やがて決着が着かぬままトゴレス要塞は大地もろとも消滅した。


白虎のルシ、ニンブスはひとしきり暴れたのち自国へと帰還した。それを朱雀のルシ、シュユは追討しようとはしなかった。
シュユはトゴレスの大地に降り立ち辺りを見回す。辺りは魔導アーマーの瓦礫であったり、逃げ遅れたであろう朱雀の兵や白虎の兵の亡骸が転がっていた。それを見てもシュユは何も感じなかった。
ふと、人の気配がして振り返る。そこには一人の女の候補生がシュユを見つめていた。
その候補生はシュユの視線に気付くと、きゅっと唇を結んでシュユに近づいて行く。シュユは候補生の行動に顔をしかめた。


「……あの」
「…我に何用か」
「怪我、してるので治療させてください」


彼女の視線にシュユは自身の腕を見る。そこには肩から肘にかけて皮膚が爛れており、見るからに痛々しい。しかし、痛みはあれど今すぐに死ぬようなものではない。そう思ったシュユは首を横に振った。


「大した傷ではない。放っておけばすぐ治る」
「いけません!大したことなくてもそこから菌が入って重症化することだってあり得るんですから」


彼女の真っ直ぐな瞳にシュユは面を食らう。ルシと言えど傷くらい負う事はあるが、致命傷を負わない限り放っておけば自然と治癒していくのだ。そのためシュユはいつも自然に任せていた。
ふと彼女のマントに視線がいく。マントの色は回復専門である橙色のマントを身につけていた。
本来回復専門である候補生は、負傷者の手当てのために後衛を担うものである。そんな候補生が何故ここにいるのかと怪訝に思うシュユを他所に、候補生はシュユの腕に回復魔法をかけ始めた。今更止めろとは言えず、ただ黙ってそれを受け入れる。彼女もまた何かを喋ることなく黙って治癒を続ける。彼女から伝わってくる暖かいものにシュユは不思議と懐かしさを感じた。

傷が深いのか治癒に手間取ってるらしい彼女に視線を向ける。一見大人しそうに見えるが、ルシである自分を治療するために危険を冒してまでわざわざ来た彼女に、シュユは心の奥が苦しくなった。その苦しみに顔を歪ませると、治療している彼女が心配そうにシュユの顔を覗き込む。


「痛い、ですか?」
「…何故戻ってきた?」
「え?」
「全軍撤退だと、連絡が入っただろう」


そう言って彼女を見据えると、彼女は顔をうつむかせた。ルシ同士の激突は凄まじいものであり、その闘いに巻き込まれれば生きて帰ることは難しい。それほど危険であるにも関わらず彼女は魔導院に帰投することなく、ここにいる。それがシュユには理解できなかった。


「お前、死ぬつもりだったのか」
「そんな、まだまだ死ぬつもりなんてないですよ」
「ならば何故ここに…」
「シュユ卿が心配だったからです」
「……心配だと?」


彼女の言葉にシュユは目を丸くする。
自身の命よりルシの心配など、冗談もいいとこだ。そうシュユは思うけれど、彼女が嘘を言うようには見えなかった。
黙り込むシュユに彼女はおもむろに顔を上げる。


「ただの候補生がルシであるシュユ卿に回復をするのはいけないことなんですか?」
「…………」
「ルシである以前に、シュユ卿も私たちと同じ人間です。致命傷を負えば死んでしまうんですから」


シュユはその言葉に目を見開く。ルシになってから今まで、そんなことを言う奴はおろか、人間扱いをされていなかったことが頭の中で駆け巡った。人間扱いをしてほしかったというわけではなかったけれど、どこか思うことがあったのかもしれない。
人間としての感情や意思はもはやない。しかし、胸の奥底にある支えがフッと軽くなったような気がした。
治療が終わったのか、腕から伝わってきていた暖かいものがなくなる。彼女をちらりと見ると、にっこりと笑みを浮かべている彼女と目が合った。


「帰りましょう、魔導院に」
「……そう、だな」


そう言って踵を返す彼女に、シュユは咄嗟に腕を掴む。キョトンとする彼女にシュユはハッと我に返った。


「?どうかしたんですか?」
「……歩いて帰るつもりか」
「そう、ですけど……」
「こちらのが早い」
「え?うわぁっ!?」


シュユは言うなり彼女を横抱きにする。そして、地面を蹴ると空へと飛んだ。
彼女は怖いのかシュユの服を強く掴む。その姿にシュユはフッと頬を緩ませた。



魔導院に着いて彼女を下ろすと、彼女はシュユに向かって勢いよく頭を下げる。


「あの、ありがとうございました!」
「いや、礼を言うのは我の方だ。わざわざ回復を施してくれたこと、感謝する」
「いえ、候補生として当然のことをしたまでですから」
「……お前、名は何という」
「へ?な、名前、ですか?」


思い掛け無い言葉に彼女は戸惑いを隠せないのか、もじもじと照れ臭そうにしたあと小さな口を開いた。


「なまえ、です…」
「なまえ…良い名だ」
「あ、ありがとうございます…え、えと、それじゃあ私行きますね!送ってくださりありがとうございました!」


頬を紅潮させながら彼女はその場を後にする。それを見送ったシュユは、彼女のことを名残惜しむかのように治療された腕を摩った。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -