夏の夜風



 待ちに待った夏休みがやってきた。夏休みだからと帰省する子もいれば魔導院に残る子もいて、親には悪いけれど私は後者を選んだ。もちろんちゃんとした理由はある。それは、ある人をお祭りに誘うことだ。
 魔導院の下にある街で、それなりに大きいお祭りが開かれる。私はある人物に頼んでその祭りにサプライズを仕込んでいた。
 そのサプライズのために、あの人を祭りに誘おうとしているのだが。


「あ、いたいた!ジャックー」
「なまえ?どったのー?」
「いやね、ちょっと話が…」
「あっ、なまえ!ちょうどよかった。ちょっとあんたに手伝ってほしいことがあるんだよねー。てことでなまえ借りてくわね」
「え?ちょ、な、ケイト!?」
「?行ってらっしゃーい」


 結局その日はジャックに言いそびれてしまい、次会ったときにでもと意気込む。そして遂にその機会が巡ってきた日では。


「あっ!ジャック発見!」
「んー?あ、なまえだぁ、やほー」
「あのね、ちょっと話が…」
「あぁよかった、ここに居たんですね」
「こ、今度はトレイ?!」
「今度は?私はこの間の本を返しに来たのですが…」
「あ、この間のね…」
「はい。本当にありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまし…あれ!?ジャックがいない!」
「彼なら魔法陣でどこかに行きましたよ」
「あああー!またかああ!」


 今度はトレイに邪魔をされ、話をすることができなかった。
 それからジャックを見かける度に話し掛けようとするけれど、ことごとく邪魔が入り世間話をするのも儘ならない。そしてとうとう祭りの前日になってしまい、誘うどころか話をすることすらできなかった。どうしてこうも邪魔ばかり入るのだろう、と夜のテラスで項垂れる。
 寮の部屋まで行くことも考えたけれど一人で男子寮に行くのは恥ずかしい。それにこのことがクイーンに知られてしまったらと思うとわざわざ部屋に足を運ぶのは億劫だった。


「はあー…明日どうしよう…」
「溜め息吐くと幸せ逃げちゃうよぉー?」
「だってこうも上手くいかないと溜め息も吐きたくなるぅあっ?!」
「あは、るぅあって何それー」


 クスクス笑いながらテラスに現れたのは恋い焦がれたジャック本人で、私は慌てて背筋を伸ばして姿勢を正す。こんなところでまさか本人に会えるとは思わず、鼓動が一気に加速した。
 ジャックは私の隣に腰をおろすと、ふぅと小さく息を吐く。私はというとジャックをちらりと見て一人勝手に胸を躍らせていた。


「夜風が気持ちいいねぇー」
「う、うん、そうだね」


 夜風が頬を撫でる。ふと夜空を見上げると沢山の星と三日月が見えて、明日は晴れるだろうなと思っていたら、「明日は晴れだねー」とジャックの声が耳に入った。
 一緒のこと考えてたんだと思うと嬉しくて自然と顔がにやけてしまう。にやけそうになるのを堪えながら「そうだね」と返すと、ジャックが不意に「そういえば」と話を切り出した。


「なまえに話があるんだー」
「え?話って……あっ!」
「わっ、びっくりした。いきなりどしたの?」
「あ、その、私もジャックに話があって…」


 本人の登場に浮かれてしまっていて本来の目的をすっかり忘れていた。でもジャックも私に話があるって言っていたような。話ってなんだろう?


「ねぇ、私に話ってなに?」
「ん?でもなまえも僕に話があるんでしょ?先にどうぞー」
「えー、私なら後でいいよ。ジャックから先にどうぞ!」


 そう言うとジャックは眉尻を下げて、「じゃあ」と口を開いた。


「明日、予定ある?」
「え…あ、あした?」
「うん、そう」


 明日、明日?一瞬思考が止まる。首を傾げるジャックが目に映り、我に返った私は首を思いきり横に振った。ジャックはそれを見て、ホッと息を吐き出したような素振りを見せるものだから、私はおそるおそる口を開いた。


「明日、がどうしたの?」
「明日さぁ、街でお祭りあるじゃん?」
「う、うん…」
「それでなまえと一緒に行きたいなって思って」


 そう言って照れ臭そうに笑う彼を見て、顔から火が出そうなほど熱くなる。そんな私に気付いたのかジャックは私から目線を外して頬をかきながら口を開いた。


「あーでも先に約束があったらそっち優先してね。僕は気にしないか」
「あ、わ、私も!」
「へ?」
「明日のお祭り、ジャックを誘おうと、思ってて…」


 言いながら段々声が小さくなる。羞恥心でどうにかなりそうだった。ジャックの顔が見れずに俯いていると、不意に「へへへ」と笑うジャックの声が聞こえた。


「あーよかったぁ。じゃあ、明日、夕方くらいに部屋に迎えに行くから準備しておいてね」
「う、うん!わかった!」
「ん、じゃー、おやすみ」


 そう言うと頭をポンポンと軽く叩いてジャックは腰をあげる。私は叩かれた場所を手で押さえながら、ジャックの後ろ姿を呆然と見つめるのだった。




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