はぐれない方法



 人が増えていくにつれ、食べ物の匂いが鼻をくすぐる。朝も昼もご飯をあまり食べていなかったからかお腹がすいてきた。私と合わせるように歩くジャックをちらりと見る。するとちょうどジャックが振り返って、バチンと目が合ってしまった。


「!」
「ねぇねぇ、お腹減ってこない?」
「あ、うん…いい匂いがしてきたもんね」
「だよねぇー。まずは腹ごしらえしよっか?」


 満面の笑みを浮かべる彼に私は首を縦に振るしかなかった。

 屋台が並ぶところまでやってくると、道幅はほとんど人で埋まっていて身動きもなかなか取れなかった。
 ジャックはすぐ目の前にいて、ほとんどぴったりとくっついている。多分、私が歩きやすいように自分を盾にして進んでいるのだろう。お調子者だと言われている彼だけれど、こういう頼もしいところだってあるのだ。ますます見直してしまう。


「なまえ」
「ん?」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう」


 こうして気を使ってくれるのもジャックらしい。ジャックは私の答えに少しだけ微笑んでまた前を見据える。胸がきゅっとなるのを感じながら、ジャックに気付かれないように小さく笑った。
 はぐれないようになるべくジャックの後ろを歩いていると、突然ジャックが「あ!」と声をあげる。ジャックを見上げると彼は私に振り向き目を輝かせて口を開いた。


「焼きそば食べない?」
「えっ」


 その表情はいつにも増して輝きを放っている。さっきまで大人っぽかったジャックが、今焼きそばをすごく食べたそうな顔をしていて思わず吹き出してしまった。さっきまで大人っぽかったのが一気に幼くなって、そのギャップがたまらなくかわいかった。
 つい吹き出してしまった私にジャックがきょとんとした顔で首を傾げる。その仕草さえも胸が締め付けられるほどの威力で、私は首を縦に振りながら「私も、食べる…!」と言うので精一杯だった。

 人混みから少し外れた場所に来ると、ジャックが「ここで待ってて。僕が買ってくるから」と言ったのでお言葉に甘えて待つことにした。
 行き交う人たちをボーッと眺めながら、ふぅと一息つく。ふと足元を見ると、鼻緒が当たっていたせいか足の甲が赤くなっていて、今更ずきずきと痛んできた。慣れないものを履くものじゃないな、と肩を落とす。


「あれ?なまえじゃない?」
「え?あれがなまえ?!マジ!?」
「あ〜!なまえっちだぁ〜!」


 聞き覚えのある声におそるおそる顔を上げると、数メートル先に浴衣姿のレムとケイト、そしてシンクが私に向かって手を振っているのが目に入った。こんな人混みの中ケイトたちと会えたことに片手を上げて応えようとしたけれど、ふとジャックの顔が脳裏を過りピシッと体が固まる。
 そうだ、ケイトたちにはカルラと行くって言っていたんだった。この場にジャックがいないとはいえ、私はここでジャックを待っていなきゃいけない。ジャックが来る前にケイトたちと別れられればいいけれど、ジャックが来たらと思うと気が気じゃなかった。


「うわぁ、なまえっち綺麗〜!」
「い、いやいや、シンクたちのが綺麗だよ!」
「馬子にも衣装って感じ?」
「あはは…」
「ケイトったらそんなこと言わないの。なまえは誰かとここで待ち合わせ?」
「あーいや、待ち合わせっていうか待ってるというか」


 しどろもどろになる私に、三人は怪訝そうに首を傾げる。そしてケイトが私をじっと見つめてきたと思ったら「カルラと一緒じゃないの?」と口にした。


「あ、えーと、今カルラ焼きそば買いにいってて」
「はあ?カルラが焼きそばって…あの子買うより作って売る派に回ると思うんだけど」
「あっ、まさかなまえ…」
「な、なに?」


 レムがニヤリと口端を上げて私を見つめる。嫌な予感がして、どうしようかと考え倦ねていると、タイミング悪くジャックの声が耳に入った。


「なまえー、お待たせ…て、あれ?シンクとケイトとレムじゃん」
「えっ、ジャックゥ?!」
「わぁ〜!ジャックんも浴衣だぁ〜!」
「ふふ、やっぱり!」
「あぁ……」


 なんてタイミング悪いんだ。頭を抱える私にジャックは私たちを見回す。レムはにやにや笑ってるしケイトは私を睨み付けてるしシンクはそんな私たちをにこにこと見守っているし、ここから逃げたくて仕方なかった。


「なまえー…どういうことなのよー?」
「えぇ、と話せば長くなるというか」
「私も詳しく知りたいなぁ」
「わたしもわたしも〜!」
「えー…」
「?なんだかよくわかんないけど、その話はまた今度にしてくれるー?」
「わっ?!」


 ぐいっと手を引かれて背中に何かが当たる。少しだけ後ろを振り向けばジャックの顔が思いの外すぐ近くにあって、慌てて顔を俯かせた。


「せっかくのデートなんだもん、邪魔しないでよねー」
「邪魔って、アンタねー!」
「まぁまぁ、ケイトっち〜。ここは引こうよぉ〜。ジャックんとなまえのせっかくのデートなんだからさぁ」
「また明日詳しく聞けばいいじゃない。ね?話してくれるよね、なまえ」
「えっ、あ、……はい」


 レムに念を押されては頷かないわけにはいかない。私が頷くとレムは満足気に笑みを浮かべて、手を振りながらシンクとケイトと共に人混みの中に消えていった。
 取り残された私とジャックに気まずい沈黙が流れる。ふと右手に違和感を覚えて目線を右手に移した。


「あ」
「ん?」


 そういえばジャックに手を引かれてそのままだった。繋がれている手を見てカァッと顔に熱が集中する。慌ててほどこうとしたけれど、それは敵わず逆にギュウと強く握り締められてしまった。
 ハッとジャックを見上げると彼は不敵な笑みを浮かべる。


「ジャック…?」
「人も増えてきたようだし、後ろにぴったりとくっついているとはいえ、はぐれないとは限らないから」
「へ…?」
「はぐれない方法、やっぱりこれが一番だよねぇ」


 そう言ってジャックは私の手を自身に引き寄せてニヤリと笑った。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -