短編 | ナノ

おめでとう


「好きな人ができた」
「………え?」


 突然のカミングアウトに口がぽかんと開いてしまう。目の前にいるジャックは、少しだけ頬を赤らめさせて、照れ臭そうに頬をかいた。


「……そ、そうなんだ!そっかー、とうとうジャックにも春の季節がやってきたんだねー」


 私はそう言うのがやっとで、そんな私にジャックは気付くはずもなくだらしなさそうに笑みを浮かべる。


「へへへ、春の季節っていうか今は夏の季節だけどねぇ」
「あ、ごめん、そうだよね…」


 妙にハイテンションなジャックとは裏腹に、私のテンションはだだ下がっていく。
 ジャックとは幼い頃からずっと一緒だった。魔導院に入る前も、入ったあとも、離れる時間といえば寝る時間のときくらい。少し盛ってしまったが、それくらいずっと一緒だった、ような気がしたのは私だけかもしれない。
 好きな人ができた、と私に言うことは、きっと私のことなんてただの友達くらいにしか見てないのだろう。私はずっと、ジャックのことを男として見ていたのに。


「そ、それで?どうするの?」
「んー?どうするって?」
「え…こ…告白とかってしないの?」
「あー、告白とかってどうすればいいかな?今すぐ言うべき?」
「は?!し、知らないし!勝手にすれば?!」
「?わかった!勝手にする!」


 その言葉に私は顔を引きつるのを感じ、頭の中が真っ白になる。そのあとのジャックの話は上の空だった。
 その日から毎日が気が気じゃなく、あっという間に魔導院の夏休みがやってきた。夏休みでは、実家に帰省する子や帰省しないで寮に残る子もいる。私は後者で、ジャックも後者だった。
 あの発言してからもジャックはいつもと変わらず私と一緒にいてくれる。それが癖なのかなんなのか、よくわからないけれど、好きな人のところに行けばいいのに、とひねくれた考えだけが頭の中をぐるぐると回る。本当は一緒にいてほしい、なんて、矛盾している。


「……そもそもなんでそんなこと私に言うのさ…」


 寮の部屋で1人呟く。
 よく考えてみれば、私にそれを言うメリットなんてない。ジャックのことだからメリット、デメリットなんて考えていないんだろうけど。まぁ、ただ単に友達としてそういう人ができたんだよ、と言いたかっただけか。深く考えるだけ無駄だ。


「あーもうやだ…」


 これからこんな気持ちをしたまま過ごすなんて苦しくてたまらない。いっそのこと、ジャックに想いを伝えてしまおうか。でもそうしたら、もうジャックと一緒に過ごすことはできなくなるかもしれない。きっと、気まずくなるし逃げ出してしまうだろう。そう思うと、今のままのほうがいいけれど、ジャックに彼女ができたとしたら。


「……泣きそ」


 じわりと目頭が熱くなる。鼻がツンと痛くなると、私は枕に突っ伏した。



 夏休み。ジャックと過ごすより、ケイトやシンクたちと過ごすことが多くなった。なんとなくジャックに会いづらい。ジャックの前でちゃんと笑えてるかどうかわからなくて、ジャックに話しかけられても一言二言話すだけで、理由をつけてはジャックと過ごすのを避けていた。


「ねぇなまえー、今日何日だっけ?」
「今日?今日はー…17日、だよ」
「えーもう17?そろそろ宿題に手をつけなきゃなぁ。なまえは終わった?」
「まぁそれなりに、かな」
「いいなぁ〜。わたしも宿題やらなきゃ〜」
「宿題写そうものならあいつに氷漬けにされちゃうしね。おまけにクイーンとトレイの説教付き」
「うわあ…それは体験しなくないなぁ〜」


 そんなシンクとケイトのやり取りに苦笑いを浮かべると、不意にジャックの顔が頭に浮かぶ。17日といえば、ジャックの誕生日だ。毎年祝ってたのだ、忘れるはずがない。それなのに、毎年祝っていた誕生日なのにジャックとは朝からずっと顔を合わせていなかった。
 せめて一言でいいから誕生日おめでとう、と言いたい。でも今までずっと避けてきたものだから、なんだかジャックのところへ行くのも気が引けて、なかなか足が動かなかった。
 ケイトとシンクと別れてから、私はサロンに向かいソファに座る。今からジャックのところへ行こうか、でも今更顔をあわせるのも気まずい。どうしようとひとり悩んでいると、突然目の前が真っ暗になった。


「?!」
「だーれだ?」
「えっ」


 聞き覚えのある声にびくりと肩が飛び上がる。今まさにその声の主のことを考えていただけに、心臓はばくばくと大きく脈を打っていた。


「…ジャック」
「ぴんぽーん、だいせいかーい!」


 そう言うけれどジャックは目から手を離してくれない。正解したのになんで手を離してくれないんだ、と思っても、何故か口には出せなかった。ジャックを見ればきっとまた私は逃げ出してしまう。それをジャックもわかっているのだろう。
 お互い何も話さないまま、沈黙が流れる。何か話さなきゃと思いながら、私は口を開いた。


「じゃ、ジャック、誕生日、おめでとう」


 緊張しているからか声が震えてしまう。


「…えへへ。ありがとー」


 ジャックの手で目が見えないから表情はわからないが、いつものジャックの声色で安心した反面、どうしてか泣きたくなった。鼻の奥がツンと痛くなり、目頭が熱くなる。我慢しようとするけれど、それは叶わず、目からとめどなく涙が溢れてきた。


「…ん?なんか濡れ…えぇ?!なまえ?ど、どうしたの?!」
「うぅ…」


 手に涙がついたのだろう。ジャックは慌てて手を離し、私の隣に座り、顔を覗き込んでくる。私は顔を背けて袖で目元を拭いた。それでもまだ涙は止まらない。


「ね、ねぇ、なまえ、どうかした?なんか悩んでるの?僕で良かったら話聞…」
「すき」
「……へ」
「ジャックのことがすきなの…っ」


 そう口にすると、涙はどんどん溢れて頬を濡らす。袖で顔を拭いたからか、顔全体が濡れているけれど今はそんなことを気にする余裕もなかった。泣きじゃくる私をきっとジャックは引いただろう。でも一度口にしたらもう止められず、何回も好きだと繰り返した。
 そのとき、ジャックが突然声を上げる。


「なまえ!」
「…?」


 思わず名前を呼ばれ、顔を上げる。ジャックは私を真っ直ぐ見ていた。その顔はいつも見せるような顔とは違う。真剣な顔つきだった。


「僕、前に言ったよね」
「な、なにを…」
「好きな人ができたって」
「………」
「それ、なまえのことなんだよ?」
「……は」


 ジャックの言葉に口がぽかんと開く。そんなまさか、と思う私に気付いたのか、ジャックは優しく微笑み、そして私の腕を引っ張った。


「わ……」
「もー!なまえかわいいっ!大好き!」
「は、ちょ、えぇ?」
「なんでなまえ避けるんだろってずっと疑問に思ってたし、正直すっごく凹んだけど、なんかもうどうでもよくなっちゃった!」
「ど、どうでもよくなっていいの?!」
「今が良ければ過去なんて気にしないよー!でもなんで避けてたの?」
「だ、だって好きな人ができたっていうから…」
「えっ…あれ?なまえ聞いてなかった?」
「え?」
「僕そのあと、なまえにあとで部屋に行くからって言ったよね?」
「……い、言ったっけ?」
「言ったよー!ちゃんと告白するから!って!」
「………ええ?!そんなこと言った?!」
「言った言った!すっごい言った!いや一回しか言ってないけど!」


 ジャックの言動に流れるはずの涙が引っ込む。そんなこと、全く聞いていなかった。きっとジャックはちゃんと言ったんだろう、私がちゃんと聞いてなかっただけで。だって、あのときはジャックの言葉に頭が真っ白になって、なにも考える気も起きなくてーー。


「なのにさぁ、なまえの部屋に行ったけど返事なかったし。じゃあまた明日でも、と思って次の日言おうとしたらなまえってばさっさとどっかに行っちゃうんだもん。好きだって言う暇さえも与えてくれなかったから、まさか嫌われちゃったんじゃないかーって」
「ご、ごめん…」
「でももういいやぁ。ちゃんと言えたし、なまえも僕と同じ気持ちだったんだし!」
「…うぅ」
「あーよかったぁ、僕ほんと今しあわせ!さいっこうの誕生日かも!」
「あ!誕生日…!」


 慌てて顔を上げると至近距離にジャックの顔が目に入る。その距離に身体が強張ると、ジャックは抱きしめる力をさらに強くした。


「これからもずっとずっと僕の誕生日祝ってよねぇ。なまえの誕生日もずっとずーっと僕が祝うから」
「は、はい…!」


 私の言葉にジャックは目を細くさせて、そして私との距離をゼロにした。


2016/8/17