虹の見える場所にいた。虹の向こう側は何も見えない。その先に行かんとばかりに風が背中を押すけれど、どうしてか怖くなって、僕は後ろを振り返った。
振り返ると、君の姿が目に飛び込んだ。愛しい君の後ろ姿。ずっとずっと見てきたその背中は、いつもと何も変わらない。
君に気付いて欲しくて、僕はいてもたってもいられず、大声を上げた。けれど、君は振り返らない。
どうしてだろう。聞こえなかったのかな。
僕は君の後ろ姿を追いかけようとしたけれど、足が何かに掴まれているかのように動かない。慌てて自分の足を見るけれど、何も掴まれていない。でも、何か違和感を覚える。
…あれ?なんか、透けてる?
自分の足が透けているような気がして、目を擦る。ふと自分の手を見ると、手のひらの向こうに自分の足が見えた。
なに、これ。
「レム…」
君の声が聞こえる。慌てて顔を上げれば、後ろ姿しか見えなかった君の顔が目に入った。でも、いつもの笑顔は見当たらない。それどころかすごく悲しそうな顔をしていた。
そんな顔しないで、君には笑ってほしいのに。
目の前にいるのに、声をかけられない。どうしてか声が、出ないから。
レムのそばに寄り添う君は、彼女と一緒に数本の花を見つめる。
「…ねぇ、レム。このお花は?」
「私たちを救ってくれた、大切な友達のお花」
「救って、くれた…?」
「なまえは、覚えてる?」
彼女の言葉に君の瞳が揺らぐのを僕は見逃さなかった。
なんの話をしているの?
ねぇ、僕も混ぜてよ。
「…覚えてる、って?」
「0組がいたことを…みんなが、いたことを」
レムったらなに言ってるんだろう。0組はあるし、ていうか僕0組じゃん。レムも0組だったのにさぁ、過去形にしてもらっちゃあ困るよー。
あ、もしかして二人して僕をビビらせようとしてるの?へへー、もう聞いちゃったからビビったりしないもんねー。
いつものようにそう言えたら、君は笑ってくれるだろうか。言いたくても言えないこの状況は、一体どういうことなのか。こういう状況になったとき、いつもトレイが説明してくれてたのに、今はトレイも、そして他のみんなもいない。
みんなはどこ、行っちゃったのかな。
心の中でつぶやく。誰も答えてくれるはずがなかった。
「みんなって…?」
「…っ、なまえは、ジャックって子と仲、よかったんだよ?」
突然僕の名前が出てドキッとする。ちらりと君を見れば、眉尻を下げて小首を傾げた。
「レム、ジャックって……だれ?」
えっ。
その言葉に彼女は涙を流した。手で顔を覆い、俯いている。
僕の名前を、君は知らないの?僕はずっと君のこと見てきたのに。君とたくさん話したの、僕はよく覚えてる。なのに君は、僕のことを覚えてないの?忘れて、しまったの?
問いかけたくても問いかけられない。僕はじっと君を見ることしかできないでいた。
啜り泣く彼女を心配するように顔を覗き込む。その君の顔は、どうしてか苦しそうな表情をしていた。
「レム、ごめん…」
「…ううん、覚えてないのは仕方ないもん…きっとクリスタルの影響、だから」
クリスタルの影響?ちょっと待って。それってどういう……。
『ジャックー!!』
「!」
後ろから、僕を呼ぶ声が聞こえた。いつも聞いていた、どこか懐かしい声。その声に振り返ろうとしたけれど、思いとどまる。
まだ、僕は君のそばにいたい。
…まだ?
「ねぇ、レム」
「…うん?」
「私、ジャックっていう名前の人を忘れちゃったけど…でもね、なんとなく、覚えてるような気がする」
「え…?」
「おかしな話だけどね、その人はいつも私を笑わせてくれてた、いつも心配してくれてた、誰よりも一番私を見てくれてた。なまえは笑ってる方が似合うって、励ましてくれてた気がする」
「……そう」
その言葉に僕は君に目を移す。君は顔を上げて、目と目があった。さっきまでの苦しそうな表情はしていない。君は、あの頃のような柔らかい微笑みを浮かべていた。僕の、大好きな笑顔。
「その人のことを、私はずっと忘れない。神様に来世でその人に会えるようにお願いするんだから」
意気揚々と声を上げる君に、レムも笑みを浮かべる。僕も君に応えるように笑みを浮かべた。
『ほら、ジャック、行くぞ!』
「はぁい!今行く!」
彼らの声に、僕は応える。背中を押す風が心地よい。さっきまで怖かった虹の向こう側が、今の僕には希望の道に見えた。