短編 | ナノ

聖なる日に


12月某日、朱雀の町はクリスマスに向けて飾り付けがされていた。魔導院内も町同様、エントランスに大きなツリーが飾られ辺りを華やかにさせている。
そのツリーを遠くから眺めながら、ジャックは小さく息を吐いた。


「クリスマス、かぁ〜」


一年に一度やってくるそのイベントは、周りの人間に影響を及ぼしている。クリスマスを好きなひとと過ごそうと、魔導院内はアベックに包まれていた。
ジャックはそれを横目に、また小さく息を吐き出す。この光景を見るたび、自分も好きなひとと過ごしたいと欲に駆られるが、いかんせんその好きなひとはイベント事に疎いらしい。
勇気を出してクリスマスに食事でもと誘ったけれど、バイトだからと断られてしまった。


「今年もキングたちとかなぁ」


去年のクリスマスは男子寮でささやかなパーティーを行った。しかし悲しいかな、その中に女の姿はない。男子だけのクリスマスはただただ罰ゲームな気がしてならなかった。
そんな哀愁漂うジャックに、誰かが声をかける。


「あ、いたいた!」
「!なまえ!」


ジャックの好きなひとであるなまえがジャックに駆け寄る。さっきまで虚しかった心はあっという間に晴れ渡った。我ながら単純だと思いながら、ジャックは首を傾げる。


「どうしたの?」
「あのさ、25日、空いてるって私に聞いたよね?」
「えっ、う、うん」
「てことはジャックはその日空いてるってことだよね?」
「……うん」


嫌な予感がする。珍しくジャックの第六感が働き、それは見事的中した。


「バイトの手伝い、お願いできない?」
「やっぱり…」
「えへへ、いやぁ一緒にやる友達がさ、彼氏と過ごす予定だって言われて」
「クリスマスにバイトなんていれるの、なまえだけだよー」
「そう言わずに。ね、お願い!」


なまえは両手を合わせてジャックにお願いをする。それを見ながら、ジャックは頬を緩ませた。


「ま、男と過ごすより有意義かな」
「!、じゃあ、」
「ん、仕方ないから手伝ってあげるよー」
「ジャックありがとー!それじゃ、25日、迎えに行くから部屋で待っててね!」


そう言うなりなまえは嬉しそうに踵を返す。ジャックに手を振りながらエントランスを出る彼女を見送ったあと、ジャックは小さくガッツポーズをした。
バイトとは言え、好きなひとと過ごせることに胸を躍らせながらジャックは男子寮へと帰った。







――12月25日

とうとう待ちに待った聖なる日を迎え、ジャックはいつもより気合を入れた身なりで部屋の中をうろうろする。いつなまえが来るのか気が気でないジャックは、幾度となく鏡を覗いていた。
そこへ、扉を叩く音が耳に入る。


「はいはーい!」


元気よく返事をして扉を開けると、赤い色が目に飛び込んできた。


「メリークリスマス!ジャック!」
「…………」
「あれ?ジャック?」


赤い色の正体、それはなまえが身に付けている服装だった。まさかサンタのコスチュームで来るとは思わず、ジャックはつい見惚れてしまう。なまえはジャックの顔を覗き込み、顔の前で手のひらをヒラヒラと振って見せると、ジャックはハッと我に返った。


「めめ、メリークリスマス!」
「あ、帰ってきた」
「いや、ていうかなまえ!なんでその格好なの!」
「えー?これでバイトするんだよ?」
「聞いてないよ!」
「ちなみに、はいこれ」


ぽん、と手渡されたそれにジャックは目を点にさせる。ジャックの手には赤い色をした服のようだった。まさか、となまえに目を向けると、なまえはにっこり笑って「私とオソロだよ」と口にする。


「僕も着るの?!」
「もちろん!」
「えぇ…、ほんとに着なきゃだめ?」
「似合うと思うけどなぁ」
「うっ…」


しゅんと項垂れる彼女にジャックは言葉を詰まらせる。着るのは別に構わないし、それが仕事なら仕方ないけれど、彼女のサンタ姿を他の誰かに見られるのは嫌だった。いや、もうここに来た時点で誰かに見られてるんだろうけど。
ジャックはサンタ服に目を移して、溜め息を吐いた。


「もう、わかったよー。着替えて来るからちょっと待っててね」
「!、ありがとう!ジャック!」


さっきまで項垂れていたなまえがパァっと顔を明るくさせるのを見て、ジャックは頬を緩ませながら自室へと戻った。

サンタ服に着替えたジャックとなまえは魔導院を出て、町に向かう。その道中、子どもや町の人にサンタの姿を見られ、ジャックは少しだけ照れ臭かった。
あるお店に着くと、なまえはそのお店の中に入っていく。ジャックもなまえに続いてお店に入ると、店主らしき人が笑顔で迎えてくれた。


「おぉ、なまえちゃん、待ってたよ」
「こんにちは、もう開店しますか?」
「あぁ、いつもよりちょいと早いが時期が時期だしな、開店するよ。ん?その子がなまえちゃんのボーイフレンドかい?」
「えっ!?いや僕は…」
「はい、そうですー。彼はジャックって言って、すっごく優しくて面白くて、素敵な人なんですよ!」
「へ?!」
「ははは、そうかい。確かに良い男そうだもんなぁ、なまえちゃん男を見る目があるねぇ」
「えへへ」


このこの、と肘で突かれているなまえを見ながらジャックは呆然とする。なまえが言った言葉が頭の中でグルグルと駆け巡る。

なまえのボーイフレンド?僕が?すっごく優しくて面白くて、素敵な人って、本当に僕のこと?

突然のことに着いていけないでいると、不意に腕を引っ張られた。慌てて顔を向けると、なまえが眉尻を下げて「嫌だった?」と小声でジャックに問い掛ける。
まさか嫌なわけがない。そう言いたかったけれど、言葉より先にジャックは首を横に振った。それを見て、なまえはホッと安堵の息を吐く。


「じゃあ、お店の外行こっか」
「う、うん」
「おじさん、呼び掛け行ってきますねー!」
「あぁ、頼んだよ」


そう言うとなまえはジャックの腕を引っ張ってお店の外に出た。
そして行き交う人々に向けて声をあげる。


「皆さんメリークリスマス!ケーキの準備が出来ましたよー!おひとついかがですかー!」
「…なんか凄い呼び掛けだね」
「だって、こう言う以外にないことない?」
「ん〜、まぁそうだけどさ…」


余りにも直球な呼び掛けにジャックは苦笑いを浮かべる。その呼び掛けに反応した人はごく少数で、なまえはむむ、と頭を捻らせる。それを横目にジャックは小さく息を吸った。


「お子さんをお持ちのお父さーん!クリスマスケーキどうですかー?お子さん喜ぶと思うよー」
「!、なるほど…」
「と、まぁこんな感じで呼び掛けたら良いんじゃないかなぁ」
「参考になりますであります!」
「んじゃあ、頑張ろっか」
「うん!」


こうしてクリスマスケーキの呼び掛けの仕事が始まった。

かれこれ2時間、ケーキの量も少なくなってきて空も暗くなってきた。ジャックは鼻をすすりながら、目の前にいる小さな子どもにクリスマスケーキの入った箱を手渡す。


「ありがとー、サンタのお兄ちゃん!」
「どういたしまして」


ばいばい、と小さな手を振る子どもに顔を綻ばせながら、それに応える。ふとなまえのほうを見れば、二人の男と何やら話しているようだった。
気になったジャックはそうっとなまえに近付く。


「サンタのコスプレ可愛いね」
「あはは、ありがとうございますー」
「ねぇ、これバイトなの?」
「えぇ、そうですよ」
「じゃあさ、バイトの後ってひま?」
「んー、暇ではないですねー」
「えー、そうなの?まさか彼氏と過ごすとか」
「さぁ、どうでしょう。それでお兄さんたちはケーキ買いますか?」
「君次第だなぁ」
「ちょっと、僕の彼女に何の用?」


居てもたってもいられず、ジャックはなまえと男たちの間に割って入る。突然現れたジャックに、男たちは狼狽える。そして、気まずくなったのか舌打ちをして去っていった。
男たちの姿が見えなくなると、ジャックはなまえに振り返る。なまえはきょとんとした顔でジャックを見ていた。ジャックは思わず頭を抱える。


「やっぱりサンタのコスチュームなんか着させるんじゃなかった…」
「え、なんで?」
「…可愛いからに決まってるでしょ」
「ジャックもかっこかわいいよ?」
「かっこかわいいって…」


それは喜んでいいのか微妙なところだ。全く油断も隙もあったものじゃない、そう思いながらなまえを見やると、なまえは照れ臭そうに頬をかいていた。その頬は微かに赤くなっている。


「なまえ?」
「えへへ、ありがと、ジャック」
「ん?うん?どういたしまして」
「よーし、あと少し!頑張ろ!」


そう言って腕捲りするなまえに、ジャックは首を傾げた。


呼び掛けの甲斐あってケーキは無事完売し、なまえとジャックは店主から封筒と箱を手渡された。その箱の包装紙になまえとジャックは顔を見合わせる。


「二人のお陰で完売できたんだ、お礼に私からクリスマスプレゼントをあげよう」
「えっ、いいの?」
「あぁ、仲良く食べるんだぞ」
「やった!ありがとうございます!良かったね、ジャック!」
「そうだねぇ」


嬉しそうにはしゃぐなまえに、ジャックは頬を緩ませる。店主からケーキの箱を受け取ったなまえとジャックは、お店を後にした。
すっかり夜も更け、あんなにも町中を歩いていた人はまばらとなっていた。その中にサンタのコスチュームを着た男女は一段と人目を引いていた。
ジャックはふとなまえを見ると、なまえは嬉しそうな顔をしていた。ケーキがそんなに嬉しいのか、と思いながらジャックは左手をポケットから出して、なまえの右手を取る。突然のことに驚いたのか、なまえはジャックに振り向いた。ジャックは前を見据えたまま、口を開く。


「ねぇ、なまえ」
「は、はい」
「僕、ちゃんと聞きたいなぁ」
「えっ」
「あ、もちろん僕も言うからさ。ね、なまえ」
「あ、う…」


もごもご、と狼狽えるなまえに、ジャックは思わず含み笑いをする。手を繋いだまま暫く歩いたあと、なまえが小さく呟いた。


「す…き、です」
「ん?」
「ジャックが好き、です……」
「ん、僕もなまえが好き」


そう言ってなまえを見ると、なまえは真っ赤な顔をしながらはにかんでいた。



(あ、そういえばプレゼント用意してない!)
(えっ、あぁ!うわー、僕も忘れてた…)
(ジャック、ごめんね…)
(いや僕の方こそ…ま、お互い様ってことで!そうだ、店主からもらったケーキ、僕の部屋で食べよっか)
(うん!)
(…そのまま僕の部屋に泊まっちゃう?)
(!?、いやそれはまだ、あの、その…!)
(何にもしないから大丈夫だよ?)
(う、お、お手柔らかにお願いします…!)
(ちょ、気が早いって!そんなこと言われると僕まで照れるから!!)