短編 | ナノ

キングの誕生日!




「ケイトさぁん!」
「出たな、妖怪お尻!」
「妖怪お尻って酷いですよ!お尻好きだけど!特にキングさんのが!」
「だから妖怪お尻だっつってんのよ!てかいちいち言わなくてもわかってるわ!」


今日も0組になまえがやってくる。キングと無事結ばれたなまえはキング目当てなのか尻目当てなのか、0組に足繁く通っていた。いつもは真っ先にキングの側に行くのに、今日はケイトの側に行く。
そんななまえをケイトは怪訝な顔をした。


「そんな不思議そうな顔しないでくださいよ」
「だってあんたいっつもキングのとこ行くじゃん。キングもびっくりしてるし」
「え?本当ですか?」


そう言いながらキングに振り返ると、キングは慌てて顔を逸らした。見そびれたなまえは首を傾げて「別にびっくりしてなさそうですけど」と呟くけれど、なまえ以外のみんなはびっくりしているキングを目撃していた。
いつも無口で殆ど感情を露わにしないキングなのに、相当なまえに入れ込んでいるなとその場にいた全員が思った。


「で、あんたがアタシに何の用なわけ?」
「そうそう、ちょっと相談がありまして!」
「アタシに?キングじゃいけないの?」
「き、キングさんには少し相談できないんです…」


なまえは何故かもじもじする。そんな彼女を気味が悪いと思いながら、ケイトは席を立った。


「じゃーリフレ行こっか。相談聞く代わりに」
「なんか奢ります!」
「話がわかるじゃん。じゃ、リフレ行く人ー」
「はいはーい!僕も行くー!」
「はいはいはーい!シンクちゃんも行く〜!」
「あたしも行こうかな。なまえ、なんか奢ってくれるんだろ?」
「えっ、えーと、話を聞いてくれるなら…」
「オイなんか面白そうじゃねぇか。俺も行ってもいいか?」
「なまえ、僕もいいか?」
「え、エースさんもですか?」
「じゃーこの際キング以外のみんなでリフレ行く?」
「お、それいいな!」
「えぇ!?駄目ですよ!キングさんを一人にするなんて!」


なまえがそう言うと、キングはおもむろに立ち上がる。そして、エイトの側へと向かった。


「……おいエイト」
「え?」
「鍛錬に付き合ってくれないか」
「あ、あぁ、いいけど…」


エイトに言うなりキングは教室を後にする。エイトもキングの後に続いて教室を後にした。
エイトとキング以外の残されたみんなは顔を見合わせたあと、苦笑いを浮かべる。


「アタシキングのあんなとこ初めて見たわ」
「みんなそう思ってるだろ」
「?キングがどうかしたのか?」
「ナインにはわかんないよー」
「キングってなんだかんだなまえのことが好きなのね」
「えっ?!れ、レムさん何言ってるんですか!」
「嫉妬するなんてキングもまだまだですね」
「トレイもよくエースに嫉妬してたよね〜」
「え?僕に?」
「なっ、何を言い出すんですか、シンク!」
「あー、エースはよくマザーを独り占めしてたからなー」
「そんな昔のこと、覚えていません。でっちあげるのもいい加減にしてください」
「ねぇそんなことよりもさーなまえの相談したいことって何よ?」


ケイトのその言葉にみんながなまえに注目する。なまえは照れ臭そうにもじもじしながら、口を開いた。







闘技場に銃声がけたたましく響き渡る。皇国兵を相手とした模擬戦をこなしていると、背中に何かが当たった。ちらりと顔を向ければエイトの頭が目に入る。


「キングにあんな意外なとこがあるなんてな」
「…何のことだ」
「ふっ、いや、何でもない」


エイトはそう言うと目の前の皇国兵に向かって駆け出す。キングはそれを見送ったあと、溜息を吐きながら引き金を引いた。







エイトとの鍛錬を終えたキングは闘技場を出て寮へと向かう。毎日隣になまえがいたのに、その彼女がいないことに物悲しさを感じていたらなまえの声が後ろから聞こえてきた。キングは思わず振り向く。
そこには数メートル離れたところに彼女が立っていた。いつもなら真っ先に駆け寄ってきて抱き着いてこようとするのに、その気配はない。


「あの!き、きー…きっ!」
「…………」


なまえは、き、き、と何かを言いたげな様子にキングは眉を顰める。何が言いたいんだ、と思いながらそれを眺めていると、なまえの顔が真っ赤に染まっているのに気付いた。ますます意味がわからない。
いつまでも距離を詰めない彼女に痺れを切らしたキングは、なまえのところへと歩き出した。なまえは未だ、き、きー、き、ときだけを連呼していてキングが近付いていることにすら気付かない。


「おい」
「き、きん、きー…」
「おい」
「うはいぃ!?い、いつの間に!」
「さっきからなんだ、き、き、と喧しいな」
「それは、その、えーと、ですね!」


なまえはあたふたしながら身振り手振りするけれど、全くなんの説明にもなっていない。
やがてなまえは顔を俯かせた。


「お前は一体何がしたいんだ?」
「何か、したいんです」
「は?」
「だって、今日は…」


そう言いかけて止める。そして、なまえは意を決したように顔を勢いよく上げキングと視線を合わせた。


「きん、キングの、誕生日、ですから!」
「…………」


なまえに言われて、キングはハッとする。そういえば、今日は自分の誕生日だった。
キングは誕生日だなんだと人から祝われるのは苦手だ。故に、言われるまで自分の誕生日だったことなど全くわからなかった。
なまえの言葉に面を食らう反面、今、彼女が自分のことを呼び捨てにしたのだと理解する。真っ赤な顔をしている彼女を見て、キングは頬が緩んだ。


「……相談ってのはこれだったのか?」
「うっ…その、みんなに聞いても、キングさ、き、キング、の欲しいものがわからなかった、ので…」
「で、呼び捨て、か」
「い、嫌なら言ってください!いきなり呼び捨てなんて違和感ありま…」
「いや、呼び捨てで構わない。むしろその方がいい」
「!は、はい!」


キングがそう言うとさっきまで泣きそうだった顔が一気に笑顔になる。そんななまえが愛おしくて、キングはなまえの頭を優しく撫でた。


「あっ!」
「?どうした?」
「あともうひとつあるんです!」
「もうひとつ?」
「あの、耳、貸してください」
「あぁ…」


小さな手でちょいちょいと手招きするなまえに、キングは腰を屈めてなまえに耳を向ける。そんなキングになまえは耳ではなく、頬に自身の唇をくっ付けた。


「!なっ…!」
「え、へへ…は、初キッス!ですね!」


予想外のことにキングは頬に手を当てて、なまえを見る。なまえは照れ臭そうにしていたが、その笑みはどや顔にも近かった。
突然のことにキングは固まる。たかが頬にキスされただけだというのに、キングは顔に熱が集まるのを感じた。
してやられた、というのはこのことか。


「口は恥ずかしいので、頬にしてみました!」
「……なまえ」
「はい?」
「誰からの知恵だ?」
「えっ、えーと、これは確かジャックさんとナインさん…」
「あいつら…!」


これは、ということは名前を呼び捨てにさせるよう仕向けたのもあの中にいるはず。なまえに何を教えたのか、後でじっくり話を聞いておくか、と心中穏やかではないキングに、突然なまえがガバッと抱き着いてきた。
自分より小さな彼女を見下ろすと、なまえはへらっとだらしない笑みを浮かべて口を開いた。


「やっぱりキン、キングが、大好きです。誕生日、おめでとうございます!」
「…あぁ、ありがとうな」


まだ完璧に呼び捨てはできないようだが、いつかは敬語も直させたい。そんなことを思いながら、自分よりも小さな背中に腕を回した。

後日、キングの監視のもと、ナインとジャックが廊下で正座させられているのが目撃された。