短編 | ナノ

ジャック・オ・ランタン




10月31日、世間は俗にいうハロウィンと呼ばれている日である。朱雀でもハロウィンパーティが開催された。もちろんみんなコスプレをして楽しんでいる。
そんな中、私はというと普段通りの制服を着てお菓子を配り歩いていた。


「あ、なまえー!」
「ん?あ、ケイト。わぁ、魔女のコスプレだー」
「まぁね。どう?様になってるでしょ?」
「うん、すごい似合ってるよー。あ、はいこれ」


私はお菓子の袋をケイトに渡す。ケイトはきょとんとしたあと、その袋の中身を見て途端に笑顔になった。


「お菓子じゃん!なにこれ、くれんの?」
「うん。今コスプレしてる人みんなに配り歩いてるの」
「へぇー。ん?ていうかあんたはコスプレしないの?」
「私は実行委員だから」
「あ、なんだそういうことね」


そう言うとケイトは私の肩を軽く叩いてお疲れさまと労いの言葉を口にする。実はコスプレするのが恥ずかしくて実行委員になったとは言えない。
苦笑いする私にケイトは「そういえば」と口を開いた。


「ジャックがあんたのこと探してたけど」
「え、ジャックが?」
「まーどうせあいつのことだから、お菓子持ってないのをいいことに変なこと言い出すんじゃない?」
「へ、変なことって…あ、でも私お菓子持ってるから変なこと言えないよね」
「あ、そっか。なら安心ね。じゃ、アタシはキングたちにお菓子せびってくるわ!お菓子ありがと、またね!」
「あはは、行ってらっしゃい」


元気に駆け出した魔女っこケイトを見送り、小さく息を吐く。そういえばパーティが始まってまだジャックに会ってなかった。この間仮装すると本人から聞いたけれど、何に仮装したんだろう。会うのが楽しみだと思いながら踵を返したら、数メートル先にカボチャを被り黒いマントを背負った人が目に入った。
その奇抜な仮装に思わず呆然としていると、カボチャが私に駆け寄ってくる。そしてその勢いのまま抱き着いてきた。


「なまえー!」
「わあああ!?……え!?ジャック?!」
「そうそう、僕だよー」


聞き慣れた声に顔をあげる。ジャックの声はするのに目の前にいるのはカボチャだった。カボチャには目と鼻と口がくり貫かれている。それを見てぴんときた。
これってまさかジャック・オ・ランタン?ジャックはそれを被っているってこと?
まさかカボチャごと被って登場するとは思いもしないだろう。唖然とする私にジャックはこてんと首を傾げる。


「なまえ?」
「ジャック・オ・ランタン……?」
「うん!そうだよー!しかもこれ僕の傑作なんだから!どう?似合う?」
「…………」


似合うも何もないと思う。
しかしまじまじとカボチャを見れば、確かに良くできていた。変なところ器用だなと感心していたら、カボチャの頬が微かに赤くなった…気がした。


「そ、そんな見つめられると照れちゃうよぉ」
「カボチャが照れてる…?!」
「ふふん、今の僕はジャック・オラウータンだからね!」
「ジャック・オ・ランタンだから!オラウータン違うから!!」


そこ勘違いすると色んな意味で恥ずかしい。ナインも間違えそうなネーミングだ。
取り合えず離れてくれと請うけれど、ジャックはいやいやと首を横に振る。どうしたものかと頭を抱える私に、カボチャが額に当たった。地味に痛い。


「あーもう、カボチャ邪魔だなぁ」
「ジャックが作ったんでしょ…」
「まぁねぇ。んーとー、トリックオアトリート、だっけ?」
「うん、合ってるよ。はいどうぞ」


私は籠からお菓子を持ってカボチャの前に出す。ジャックはそれを見て、うっと言葉を詰まらせた。


「これで悪戯はできないよね?」
「むぅ…だから仮装してなかったのかぁ」
「残念でした。はい、離してね」


そう言うとジャックは肩を落として私を離す。そして腕を組んで何かを考え込んでいた。それを見ているとジャックはパッと頭を上げて私の手を掴む。


「じゃあ、なまえが言って!」
「……え?」
「ほら、トリックオアトリートって。僕に!」
「な、なんでジャックに言わなきゃいけないの?」


意味がわからず、ジャックに問い掛ける。カボチャのせいでジャックの表情は窺えないが、楽しそうな声をしていた。嫌な予感がする。


「ほらほら、言ってよー」
「えぇ…で、でも…」


カボチャを被ったまま迫ってくるジャックに思わず後退る。それでも迫ってくるジャック・オ・ランタンの迫力は恐怖心を煽った。


「ジャック……」
「うっ…その顔やばいって…」
「…カボチャ…臭い……」
「ええっ?!」


ジャックはカボチャに手を当てる。ジャックから匂ってくるカボチャの臭いに、私は鼻を手で覆った。


「そ、そんなにカボチャ臭い?!」
「うん、臭い」
「…僕今すぐ脱いでくるー!!」


そう言うなりジャックは踵を返して駆け出す。私は何とか助かったと心底安堵した。

それからパーティが終わった数日の間、ジャックからカボチャの臭いが取れなかったのは言うまでもない。

(そしてその数日間、みんなはジャックのことを敬遠するのであった)