短編 | ナノ

裏切り者は笑う




こちらの続き物です。



思いの外長引いてしまった軍事会議に、カトルは廊下を歩きながら溜め息を吐く。早く自室で休みたい。そう思っているからか自然と足早になっていた。
漸く自室に着いて鍵を開ける。明かりをつけ、部屋を見回すとカトルの目はある一点に集中した。


「……何故ここにいる」


カトルの視線はベッドの上に背中をこちらに向けて横たわる女に釘付けになる。ここに忍び込む女は自身を好きだという物好きしかいない。その女に間違いはないのだが、カトルは少し違和感を覚えた。


「(服装が違うな……それに傷も負っている)」


彼女の傍に近寄りながら彼女の身形に注目する。
いつもなら皇国兵の服装に身を包んでいる彼女が、今日に限って頭巾付きの厚手のコートを着用していた。そのコートには、焼け跡や何か鋭利なもので切られた跡が残されていて、カトルは顎に手を当てる。


「(ここにくる途中に襲撃されたか…?いや、襲撃されたのなら報告があるはずだ。今日は襲撃したという報告や朱雀の諜報員を見つけたなどの報せは一切聞いていない……なら何故こいつはこんなに傷だらけなんだ)」


いくら考えても答えが見つかるはずもなく、カトルは考えるのを止めて直接彼女に聞くことにした。
それにしても今日はいつになく無防備すぎる。寝ている間に自分以外の誰かが来ていたら殺されていたのかもしれないのに、こいつは何がしたいんだと胸中で呟いた。


「おい。貴様起きろ」
「…んー?あー…カトル准将…?おかえりなさい…」
「貴様何故ここで寝てる」


彼女は体を丸めながらカトルをちらりと見る。そして顔を埋めて呟いた。


「ベッドが…あったから……」
「……さっさと帰れ」
「准将…私疲れてるから、寝かせて……」
「…………」


彼女の言葉にカトルの眉間に皺が寄る。
疲れてるのはこちらも同じだ。それに何故自国の敵にベッドを貸さねばならんのだ。自分の国に帰れば自分のベッドで寝られるだろう。
そう言いたいのを堪えて、カトルは自身を落ち着かせるように大きく息を吐く。そして起きぬのなら無理矢理起き上がらせるまでだと言わんばかりに彼女の肩を掴んで、強制的に身体をこちらに向かせた。


「……貴様」
「…………」


彼女のコートの下には下着だけしか身に付けておらず、寒そうに膝を折り曲げて丸くなる。生足には無数の切り傷と、ここまでくるのに裸足だったのか足先は霜焼けで赤く腫れていた。


「…………」
「…………」
「……なまえ」
「…はい」
「まさかとは思うが、……朱雀を、裏切ったのか?」
「……はい」


力なく頷くなまえに、カトルは額に手を当てて溜め息を吐き出す。下着一枚に傷だらけの厚手のコート、そして生足の傷に足先の霜焼け。それらを考えてカトルの中で導き出された問い掛けになまえは素直に頷いた。弱りかけている彼女に嘘をつく余裕などない。全て事実なのだろう。


「…どうして裏切った」
「……バレたんです」
「なに?」
「カトル准将の部屋を行き来してるところを仲間に、見られたんです」
「…………」
「そこで尋問という名の拷問を受けまして……命からがら逃げてきたんです」


そう言って苦笑を浮かべるなまえにカトルは顔を引きつらせた。
朱雀の諜報員にバレたということは白虎にもバレていないとは言い切れない。その朱雀の諜報員が白虎の誰かに漏らせばカトルは部下から不信感を抱かれるだろう。なんてことだと頭を抱えるカトルになまえは「ごめんなさい」と呟いた。


「…それは何に対しての謝罪だ」
「カトル准将に、迷惑をかけてしまって…朱雀の諜報員が白虎に私と准将が会っていたことを漏らせば、カトル准将の立場がなくなってしまうから」
「……わかっているのなら何故ここに来た」


そうカトルが言うとなまえは首を竦める。
彼女は自分の胸中をわかっていた。わかっていたくせにどうして自分のところへ来たのかカトルには理解不能だった。
なまえはちらりとカトルを見上げる。


「…最期に、最愛の人に会いたかったから」
「!」
「でももう会えたので、十分です」
「……どういうことだ?」
「私を、殺してください」
「…………」


お願いします。そう言う彼女の顔は真剣そのものだった。

こいつは稀に見る馬鹿かもしれない。自分に会いに来ることがどれだけ危険なことか、彼女自身わかっていたはずだ。それを顧みずに会いに来た理由がただ"好き"だから。全くもって理解しがたい。好き勝手してきたつけが今回ってきただけだ。まさに因果応報といえるだろう。まず敵である人間に惚れること自体が馬鹿げている。どれだけリスクの高いものか、デメリットだらけか、実は本当は何もわかっていなかったのかと錯覚するほどに。
本当に馬鹿げている。そしてこんな奴に付き合っていた自分も――。

カトルは溜め息を吐いて、なまえから離れる。呆然とする彼女を他所に、カトルは風呂場へ向かいお湯を溜め始めた。
自身の軍服を脱ぎ、シャツ一枚と下着だけになるとなまえの元に向かう。カトルの姿になまえは目を見開いて狼狽した。


「かっ…な、なんで…!?」
「貴様は殺さずに生かす」
「え!?で、もそれじゃあ…」
「朱雀からの亡命者をみすみす逃がしてたまるか。シド様も、朱雀からの亡命者だと知れば殺すこともしないだろう」


しかも亡命者は朱雀の諜報員。それなりに情報は持っているはずだ。これを利用しない手はない。
カトルはなまえのコートに手をかける。なまえは精一杯抵抗したがそれは呆気なく脱がされた。露になる肌にカトルは顔を歪ませる。


「……随分、痛めつけられたようだな」
「あは、は…これくらいされるのは当然ですよ」
「…………」


なまえの身体に綺麗な皮膚が残っている部分はほとんど見当たらない。それに加えところどころにある痣も目立っていた。カトルはなまえの背中と膝の裏に手を入れ、軽々と体を持ち上げる。


「うわっ、ちょっ、カトル准将?!」
「大人しくしろ。その足ではどうせ歩けないだろうからな」
「か、カトル准将が優しい……ヤバい、私死んじゃうかも…!」
「死なせんと言っただろうが」
「え?いや、冗談に決まってるじゃないですか、優しさを見せられただけで死んだら私もうとっくに死んでますし」
「…………」
「ぎゃあ!ちょ、いきなりお湯につけないでくださいよ!ひぃ!?痛い痛い!」
「それだけ喚ければすぐ良くなるな」


さっきまであんなに弱っていたのが嘘のようななまえに、カトルはふっと笑みを浮かべた。





手厚く介抱されたなまえは布団の中で丸くなっていた。カトルはそれを眺めながらワイングラスに口をつける。


「カトル准将の変態……」
「……たかが全裸を見られただけでそこまでいじけるとはな」
「たかがって馬鹿にしないでください!」
「ふん、残念ながら貴様ごときに我は動じん」
「くぅ…それはそれで悔しい…!」


顔を赤くさせて布団から顔だけを自分に向けるなまえはさながら亀のようで、カトルはクツクツと喉を鳴らして笑った。そんなカトルになまえはムッとして顔を膨らませる。


「大人の余裕ってやつですか」
「ふっ、貴様はまだまだ子どもだな」
「……いつか見返してやる」


ぼそりと呟いた言葉にカトルは目を細める。そしておもむろにワイングラスを置いてベッドに向かうと、きょとんとするなまえの顔に自身の顔を近付けた。鼻と鼻がくっつきそうになるほどの至近距離に、なまえの顔が真っ赤になっていくのを見ながらカトルはにやりと笑みを浮かべる。


「やれるものならやってみせろ」
「…後悔、しないでくださいよ」


なまえはそう言うと、カトルの口に噛み付くようなキスをした。