短編 | ナノ

しあわせの青いチョコボ




カトルは自室で新型魔導アーマーの構造書類を見直していた。そこへ扉をノックする音が耳に入る。


「カトル准将、玄武から機密文書を回収して参りました」
「…入れ」


カトルがそう言うとガタンと扉が開く。扉が閉まる音を聞いたカトルは文書を持ってきたと言う皇国兵に目を向けると眉間にしわを寄せた。


「…また貴様か」
「は?何のことでしょうか?」
「貴様は本当に敵地に潜入するのが好きらしいな、なまえ」


呆れたように名前を言うカトルに、皇国兵の唇が弧を描く。


「気付くの早くなりましたね、准将」
「貴様の変装が下手になったんじゃないか?」
「えー、私、准将以外でバレたこと一度もないんですけど」


皇国兵の声が先程よりも高くなり、カトルはこめかみを押さえ「その格好をしながらそんな声で話すな」と諫める。皇国兵は小さく笑い、兜を取った。


「どうも、こんばんは。カトル准将」
「何の用だ。さっさと朱雀に帰れ」
「えー、嫌ですよ。せっかくカトル准将に会いに来たのに」


唇を尖らせる彼女にカトルは溜め息を溢す。どうして朱雀の人間が、敵である自分に会いに来るのか理解できない。しかも単独で来るなんて馬鹿にされているようで癪に障る。カトルは持っていた羽ペンを置いて、彼女に視線を向けた。
なまえは朱雀の人間で、カトルは白虎の人間だ。敵同士であるにも関わらず、彼女は足繁くカトル准将の自室に訪れていた。
最初こそ自身を暗殺しに来たのかと戦慄したカトルだったが、彼女はにこにこ笑いながら「暗殺しに来たわけではないですよ」と言い放った。ならば皇国の偵察かと言えばそれもまた違うと言う。
彼女がカトルの前に現れた意図がわからず、立ち尽くしていると彼女はにこりと笑って口を開いた。


「私、カトル准将に惚れたんです」


その言葉に呆然としたのは今でもしっかり覚えている。その日、彼女は言うだけ言ってすぐに帰っていった。念のため、部下に侵入者がいるかもしれない旨を伝えたけれど、結局それらしき人物を発見することはできず、大人しく自国へと帰った彼女にカトルは腑に落ちないでいた。
あの日、惚れたんですと発言された日から彼女は1週間に3、4回カトルの自室に訪れている。


「わざわざ会いに来るとはご苦労なことだな」
「愛の力ですよ」
「お互い敵同士だろう。愛の力もくそもあるか」


カトルはそう言いながら自室に設置されている簡易キッチンに足を運ぶ。なまえはそれを見て嬉しそうにカトルの後ろを着いていった。何回か通いつめている間に、カトルと彼女の間は少し縮まったらしい。
殺そうかと何度も思ったがいつも逃げられていた。気配に敏感なのかもしれない。武器である銃を手に取った瞬間姿を眩ましたり、彼女を拘束しようと手を伸ばしてもあっさりかわされてしまう。そんなことがあったにも関わらず彼女は飽きずにカトルの目の前に現れていた。
何度も殺し損ねたカトルはとうとう彼女を捕まえることも、殺めることもやめる。彼女が来たとき、誰かが殺されたという報告もなければ何かを盗まれたという報告もない。ただ単に自分に会いに来ているのだと最近になって漸く腑に落ちた。


「最近、朱雀はどうだ?」
「敵国に言うわけないじゃないですか」
「ふっ、だろうな」
「白虎の調子はいかがですか?」
「言うわけないだろう」
「あは、ですよね」


あどけなく笑う彼女を見てカトルは目を細める。自分よりいくつか年下の彼女が身の危険を侵してまで会いに来たのだから、それなりにもてなしてやろうとカトルは思った。
敵国である人間をまさかもてなす日が来るなんて、と苦笑いしていると彼女はいつの間にか自室に設置されているソファに腰をかけていた。ああいう掴み所のない人間はカトル自身あまり得意ではない。
ソファの前にあるテーブルにカップを置くと、カトルはなまえの真正面にあるソファに座った。


「いつもありがとうございます」
「ふん、用意しなければ漁られるからな」
「よく知ってますね」


なまえは笑いながら紅茶の匂いを嗅ぐ。それを見ながら、カトルは昔毒入り紅茶を出したことを思い出していた。
すぐに口につけず匂いを嗅いだあと、カップを静かに置いて「毒入りだなんて卑怯ですよ」と笑顔で言ってのけたのは記憶に新しい。
紅茶を飲むなまえを見て、カトルも自身のカップに口をつけた。


「カトル准将」
「…なんだ」
「今日のお土産はですね、チョコボのストラップです!」
「いらん」
「即答!いやーわかってましたけどね、即答されるくらい」
「なら何故言った」
「予想通りの答えが返ってきて嬉しいです」
「……貴様は本当におかしな奴だな」


そう言うとなまえは本当に嬉しそうに笑う。そして何を思ったか突然手を差し出してきた。目を丸くするカトルに、なまえはにこにこしながら口を開く。


「カトル准将、手を貸してください」
「嫌だ、と言ったら?」
「わかりました。言い直します。手を貸せ!」
「断る」


即答するとなまえは項垂れる。こうも良い反応をしてくれる彼女はカトルにとって苛め甲斐があった。
不貞腐れるなまえを見てカトルは鼻で笑い、手のひらをなまえに見せる。今度はなまえが目を丸くする番だった。


「早くしろ。五秒以内だ」
「えっ、五秒?!はやっ」
「4、3、2」
「ま、ちょ、はいっ!」


カトルの手のひらに青い鳥のようなものが収まる。チョコボのストラップと聞いていたカトルは首を捻った。それに気付いたなまえが得意気な顔で「黄色いチョコボだと思ったんでしょう?」と口にする。


「…本来のチョコボは黄色だろう」
「ふふふ、それはですね、チョコボはチョコボでも幸せを呼ぶ青いチョコボなんです!」
「……幸せを呼ぶ青いチョコボ?」


聞いたことがない。そう言いたそうなカトルの表情を見てなまえは一人ほくそ笑む。どういう意味だと問えば、そのまんまの意味ですと返ってきた。


「カトル准将に幸せが訪れますようにと思いまして」
「…そうか。ならば早く帰れ」
「え!?私がいなくなることがカトル准将の幸せなんですか?!」
「違う。もうすぐ会議が始まる。いつまでもここにいたら見つかるぞってことだ」


溜め息を吐きながらそう言い捨てるカトルに、なまえは目を大きく見開いた。その後、顔を赤らめてはにかむ。


「えへへ。カトル准将、また来てもいいですか?」
「来るなと言っても来るんだろう?」
「はい!じゃあまた来ますね!」


そう言いながらなまえはカップを持ったまま姿を消す。カップを持ったまま消えたなまえにカトルは喉を鳴らして小さく笑った。
今頃、カップを盗んできてしまったことに慌てふためいているのだろう。想像するだけで笑いが込み上げてくる。そこへちょうど扉をノックする音が耳に入った。
カトルは手のひらにある青いチョコボを握り締め軍服のポケットにしまうと自室を後にした。