短編 | ナノ

泣きたくなったら




この世界は寂しいね。

そう呟いたら、鍛錬中である筈のエイトがピタリと止まった。滴る汗を見て、よくあそこまで動けるなぁと感心する。
エイトは怪訝な面持ちで私を見据えた。

「いきなりどうしたんだ?」

らしくないな。

そう言うエイトに私は苦笑する。
エイトの言う通り、私らしくないかもしれない。いつもシンクやジャック、ナインとバカをやっている私が、ネガティブなことを言い出すものだからエイトも驚いたんだろうな。それ以前に、私がエイトと鍛錬をするというのもらしくない気がするけれど。
エイトはそのまま私の方へと歩いてくる。

「もういいの?」
「あぁ、少し休憩する」
「そっか」

休憩ということはまた少ししたら鍛錬するのだろう。毎日毎日、よく飽きないなと思う。そんなエイトが好きなんだけど。
当の本人は私の隣に座ってタオルで汗を拭いている。それを盗み見ていると不意にエイトが口を開いた。

「で?」
「ん?」
「なんで世界が寂しいんだ?」
「あー…」

別に聞き流してくれても良かったのに。
そう思いながら、わざわざ話を聞いてくれるエイトは優しい。きっとナインだったら、世界が寂しいとか訳わかんねーこと言ってねぇでテストのカンニング作戦を考えろコラ、とか言いそうだ。クラサメ隊長には全部お見通しだと思うけど。

「なんか、ふとそう思っただけ」
「…そうか?」
「うん」

エイトは困ったように笑う。なんでそんな顔をしてるんだろう、と首を傾げていたらエイトの腕が伸びてきた。
まさか抱き締められる?と淡い期待を抱いていた私だったが、エイトの腕は何故か上へと伸びていく。そして私の頭の上にエイトの手のひらが乗った。
あ、頭撫でられてる。

「なまえ、お前泣きそうな顔してるぞ」
「……え」

うそ。
そう呟いたらエイトがほんと、と呟いた。やばい、今の凄くかっこよかった。本当に。でもその気持ちとは裏腹に、鼻がツン、と痛くなる。

「オレで良かったら話聞くぞ」
「んえ、いや、いやいや、あ、あれ…」

瞼が熱くなる。段々視界がぼやけてきて、ついに目から何かが溢れだした。袖で拭うと微かに濡れている。あ、これ、涙だ。

「あ、う、ちが、違うの、エイト、これはねあれだよ、あれ。汗、汗だから」
「なまえは目から汗が出るんだな」
「うん、そう、そうなんだ、あはは、すごいでしょ?」
「あぁ」

エイトが優しく頭を撫でてくれるものだから止めようにも止まらなくなる。
なんで私涙なんか出てるんだろう。ふとそう思って涙が出る原因を考えた。
この世界は寂しい。なんでそう思ったんだっけ。

「…あ」
「ん?」
「……エイト」
「なんだ?」
「…寂しい」
「……世界がか?」
「ううん」

違う。確かに私達の生きるこの世界は寂しいと思った。だけど、それ以上に寂しいものがある。
それは、エイトへの想いと、エイトや皆との思い出。

「私が死んだら、エイトや皆が私を忘れちゃうんだなって思った」
「…らしくないな」
「それさっきも聞いた。それでね、忘れられるのって寂しいなって」
「……らしくないな」
「エイトは私をなんだと思ってるの」

唇を尖らせてエイトを睨み付ける。エイトはふっと笑うと、私と対面になるように身体の位置を移動した。目の前にいるエイトに恥ずかしくなり私は顔を俯かせる。
こんなことで泣くなんてエイトに引かれたかもしれない。そう思っていると、不意にエイトの匂いが鼻をくすぐった。同時に抱擁されていることに気付く。

「え、エイト?」
「それでいつも泣いてたのか?」
「えっ」
「鍛錬が終わったあと、なまえの顔見ると泣いた後みたいに目を赤くさせてたからな」
「………」

気付かれていたのか。恥ずかしい。
自分の鍛錬が終わったあとエイトの鍛錬姿を見ているとつい余計なことを考えすぎてしまうせいで、涙腺は緩む一方だった。だからといってエイトの鍛錬姿を見たいがためにここに来てるんだけど。
恥ずかしくて何を言えばいいかわからず黙っていると、エイトが私の顔を覗き込んできた。こつん、と額と額がくっつく。顔が、近い。

「お前が死なないようにオレが守ってやる」
「…え」
「そしたらオレや皆がなまえを忘れることもないだろ?」
「……う、ん」
「だからもう一人で泣くな」

もし、また泣きたくなったらオレの胸で泣け。いつでも貸してやるから。

そう言いながら優しく微笑むエイトが眩しくて、私は返事代わりにエイトの背中に腕を回した。