短編 | ナノ

小話




〜小話〜

※0組が候補生になる前のお話。
※0組のお世話係。
※呼び名は「先生」



彼らが候補生として活躍する数年前、アレシアに連れられて彼女はやってきた。

「今日からあなたたちに戦闘知識やモンスターのあれこれを教える人よ」
「どうぞよろしくー」

にこりと愛想よく笑う彼女に、彼らは顔を見合わせる。アレシアが連れてきたのだからと無理矢理納得しようとするが、やはり嫌なものは嫌だった。
それが彼女と彼らの出会いだった。

彼女は彼らより年上だというが、詳しい年齢は誰も知らない。名前も知らない。「先生」と呼ぶことをアレシアから教えられただけだ。
普段はアレシアが彼らの面倒を見ているが、アレシアが私用でいなくなると彼女が彼らの面倒を見ていた。と言っても彼女から彼らに話し掛けることはない。話し掛けられれば対応する、といった感じだった。それを彼らはすぐに察知し、それ以来彼女に話し掛けることはなくなった。


アレシアが私用で外局を出ていた日。その日彼らは武器鍛錬の日だった。各々が手に武器を持ち、木でできた木偶の坊を相手に攻撃する練習をしていた。彼女はそれを少し離れたところで見ていて、何故か今日に限って気になったエースは彼女に近付いた。

「ちょっと」
「ん?何かな、エース君」
「木が相手じゃ、全然練習にならない。僕の相手をしてほしいんだけど」
「なるほど。うん、いいよ。相手になろう」

彼女が簡単に首を縦に振るものだからエースは呆気にとられる。エースと彼女の会話を聞いていたジャックが、周囲に向かって「先生とエースが対決するよぉ」と声をあげた。そのせいで、何人かの手が止まる。

「こら、見せ物じゃないんだから」
「…アンタの武器は?」
「武器?武器ねぇ。じゃあエース君と同じので」
「え?」

エースは目を丸くする。彼女はエースの目を見て、にこりと笑った。

「なにアイツ、カードなんて扱えんの?」
「マザーは武器が使う相手を選ぶとか言ってなかったか?」
「えぇ、そう聞いています」
「確かに私はエース君みたいにカードを上手く扱えないけど、ほら、目には目を、歯には歯をって言うじゃん?」
「使い方間違ってますよ」
「トレイ君は頭良いねぇ。よしよししてあげるからこっちおいで」
「結構です」
「トレイ君冷たいっ」
「………」

よそ見をしている彼女に向かって、エースはカードを放つ。カードが彼女に刺さる直前、エースのカードが真っ二つに引き裂かれた。

「不意打ちだなんて、エース君ったら見た目によらず大胆なんだね」

ニヤリと笑う彼女の頬には、何かに切られた痕があった。そこからツーッと血が垂れる。

「オイ、あいつ血ぃ出てんぞ」
「カードの半分が当たったらしいですね」
「台詞の割りにカッコ悪いな」
「よえーじゃん」
「うん、ごめん。私もカードの半分が当たるなんて思わなかった。ちょっと調子乗った、恥ずかしいから黙っててください」
「あははー、先生よっわーい」
「そこ!黙れっつってんでしょ!」

彼女は頬を赤くさせながらジャックに指をさし注意する。
確かにカードの半分が当たって切れたのには間違いない。しかし、エースの投げたカードを半分にさせたのも間違いなかった。
エースは眉間にしわを寄せて彼女を見つめる。そして、これならどうだと言わんばかりに数枚のカードを彼女に向かって放った。

「うおっ?!いやいやいや、私を殺す気ですか!?」
「そのつもりだ」
「え、ちょ、私、あの人に君たちの面倒を頼まれてるんですけど!」
「死んでもクリスタルが忘れさせてくれる」
「だからって殺される理由はなによ?!」

彼女はエースのカード攻撃をギリギリのところで躱す。しかしエースは攻撃の手を止めなかった。

「先生避けるのうまぁ〜い」
「シンクちゃん!暢気に見ててないでエース君を止めて!」
「エースは何に苛々しているんだ?」
「へ?セブン、エースが苛々してるのわかるの?」
「あぁ、何となくだが…」

そう言ってセブンは彼女とエースを見遣る。彼女は間一髪でエースの攻撃を避けているが、彼女からエースに攻撃を仕掛けるところをまだ見ていない。それはエースも同じで、彼女からの反撃が来るまで攻撃を止めないつもりだった。

そのいたちごっこは数時間に及んだ。鍛錬の時間もとっくに終わっているのに、彼女とエースは未だ同じことを繰り返していた。

「まだやってんのかよ」
「あんなに長く攻撃できるなんて、エースって凄いねぇ〜」
「それはアイツも同じじゃない?」
「エースさんの攻撃を避け続ける先生も凄いですよ」
「確かにな」
「だけどあいつカードが扱えるとか言ってたよなオイ。一度も使ってねぇじゃねーか」
「…いや、一度だけ使ってたよ」
「えぇ?どこでー?」
「…エースが一番初めにカードを投げた時、ですね」
「まさか。あのときに使っていたというのか?」
「エースのカードが彼女に当たる直前、何かに引き裂かれましたよね。その何かは間違いなくカードでしょう。現に私がこの目で見ていましたから」

そうトレイが言うと、彼らの表情が変わる。
エースと彼女のほうを見ると、エースの表情が歪んでいた。一方、彼女はエースのカードを未だ間一髪で避けている。その姿が彼らにはやけにわざとらしく見えた。

「そろそろ、潮時ですね」
「あぁ、そうらしいな」

キングが呟くと、攻撃していたエースの手が止まる。そして、両手を膝に当てた。

攻撃を止めたエースに、彼女はゆっくり近付く。大きく肩で息をしているエースの頭に手を乗せた。

「エース君意外と根性あるねー!」
「…う、るさい…」
「ツンツンしてるとこもかわいいぞ!」
「…………」
「そんな目で見ないでよ、照れるー!」

睨み付けていることがわからないのか、この人は。エースは心の中で思った。
それにしても、何故彼女は反撃をしてこなかったのだろう。機会はいくらでもあったはずだ。
彼女はエースの言いたいことを察したのか、エースの頭を撫でながら前に屈み、口を開いた。

「大事な弟子を傷付けるわけにはいかないからね」
「……弟子になったつもりはないんだけど」
「まぁ、エース君や皆にそのつもりはなくても、私はそう思ってるから!」

そう言うなり、彼女は回復魔法をエースにかける。優しく包み込まれるような魔法に、エースはアレシアの顔が浮かんだ。
回復魔法が終わると彼女は「お疲れ様」と労りの声をかける。エースは少し口を尖らせて、彼女を見上げた。

「…次こそは当てるからな」
「待ってるよ、エース君」

やれるものならな、とそう言っているように聞こえたエースは、拳を握ると皆のところに向かって走っていった。

(2014/04/26)