短編 | ナノ

本音と建て前




魔導院に入ってすぐ、私は恋に落ちた。相手は同じ組のジャックという男の子。気さくで明るくて、場を楽しませようとしてくれるし、優しいし面白い。恋に落ちないほうがおかしいくらいだ。それをケイトに言ったら「ふーん」と興味なさ気に相槌を打たれてしまった。


私と彼が出会ったのは私が魔導院に入りたての頃だった。初めての魔導院でどこの教室に行けばいいのかわからず不審者みたいに顔をキョロキョロさせる私に、彼が話し掛けてくれたのだ。

「ねぇ、さっきからキョロキョロしてるけどどうしたのー?」
「えっ、あの、教室がわからなくて…」
「てことは新入生かぁ。何組なの?」
「12組です…」
「なんだ、僕と一緒じゃん。案内してあげるよー」

にっこり笑う彼が眩しくて、思えばその時から好きになっていたのかもしれない。ジャックに案内してもらいながら、色々話をして、ますます彼に惹かれていった。
彼は私と同級生で、でも魔導院には随分前から見学とかで来たことがあるらしい。それでも魔導院はすごく広いからたまに迷子になると言う。今度授業サボって色々案内してあげる、と言われたけれど、入ったばかりの私がいきなりサボるわけにもいかず、ジャックもそれを察したのかじゃあまた時間が空いたときにでも、と言ってくれた。教室に入ってすぐ、友達できるかな、と弱気な発言をした私に、ジャックは太陽みたいな笑顔で、僕らもう友達でしょ!と言ってくれたのは本当に嬉しかった。


「噂をすれば」
「!、け、ケイトまたね!」
「はいはい、行ってらっしゃーい」

呆れたように笑うケイトに手を振って、私はジャックの背中を追う。

「ジャック!」
「んー?あ、やほー、なまえ」
「今からどこか行くの?」
「あー、全く考えてなかったぁ。でも授業はサボりたい気分かな」
「そうなの?でももうすぐテストあるよ?」
「テストなんて勉強しなくても何とかなるよー」
「何とかなるって、またこの前みたいに赤点取って追試になっちゃったらどうするの」
「そんときはそんとき!それにまた赤点取って追試になってもなまえに見てもらえばいいかなぁって」

ぶわっと頭に血が上る。私に見てもらえばって私でいいのか、それとも私がいいのか、いやジャックはきっとそんな深い意味で言ってるわけではないだろう。でも、やっぱり期待してしまうわけで。
顔に熱が集まるのを感じていたら、ジャックがぷっ、と笑いだした。

「あはは、本当なまえってかわいいよねぇ」
「!、お、お世辞はいりません!」
「お世辞じゃないってぇ。初すぎるっていうか純粋っていうか、とにかくなまえはかわいいよー」
「そ、そうやって他の女の子にも言ってるんでしょ」

そう言いながらジャックをジト目で見る。こういうとき素直になれないのは私の駄目なところだ。でもジャックは私以外の女の子にもよくかわいいとか何とか言っているのを聞いたことがある。それを初めて聞いたときは胸が苦しくなって涙が出そうになったのは記憶に新しい。今はだいぶ慣れてしまった。慣れたくなかったけれど。
ジャックはきょとんとした顔をしたあと、眉尻を下げて微笑んだ。

「あー確かに言ってるかも」
「言ってるかも、じゃなくて言ってるの」
「んー、でもほら、女の子ってかわいいって言われると悪い気はしないでしょ?」
「私は…ジャックにかわいいって言われても嬉しくない」
「えっ、なんで?」
「…ジャックが他の子にも言ってると思うと、なんかこう、モヤモヤっと……」

そこまで言ってハッと手を口に当てる。嫉妬してることを好きな人を目の前にしてはっきり言うなんて、私はなんという失言をしてしまったのか。もしかしたらジャックに気付かれたかもしれない。いやそれ以上に嫉妬する私を気持ち悪がるかもしれない。どちらにしろ、今の発言は好意を寄せていると言ってるようなものだ。
ジャックの顔を見ることができず、目線を下に向ける。黙ったままじゃいけないのは百も承知だ。でも思うように言葉が出ない。ジャックに嫌われてしまうと思ったら瞼が熱くなってきた。

「…………」
「…………」
「…ねぇ、なまえ」
「は、はい…」
「確かにそこらの女の子にかわいいって言ってるかもしれないけど、でもね、僕がなまえのことをかわいいって言うのは僕の本当の気持ちなんだよ」
「…?え、と…」

それはつまり。ジャックが私にかわいいって言ってるのはお世辞とかではなくて本心から言っていた、ということだろうか。
おそるおそる顔をあげると、ジャックは少し頬を赤くさせてはにかんでいて、私はまた頭に血が上るのだった。