短編 | ナノ

擦れ違いと勘違い


この日のために作ったチョコをジャックにあげるため、なまえは魔導院内を走り回っていた。
ジャックの部屋に行くが既に蛻の殻で、教室に行ったらまだ来ていないと言われてしまった。テラスや裏庭、サロンにリフレを駆け回ったがジャックは見つからない。一応クリスタリウムにも顔を出したが、ジャックは見つからなかった。
合間に授業があるせいでジャックにチョコを渡すチャンスが悉く潰されてしまったため、授業がすべて終わったあと、こうして走り回っているが一向に見つかる気配はない。

「はぁ…何処にいるの…」

もう一度教室を見に行ったが、レムちゃんに「ジャックならさっきここから出てったよ?」と言われてしまったところで、なまえは項垂れながら溜め息を吐いた。

「あっ、ジャック君!」
「!」

誰かがジャックを呼ぶ声に、なまえは慌てて声のしたほうへ顔を向ける。そこには女の子数人に囲まれているジャックの姿が目に入り、思わず身を隠した。
女の子が手に持っている紙袋を見て、あの子達もジャックにチョコをあげるんだと思うと、自然と手に力が入ってしまう。女の子たちとジャックの様子を見ていると、女の子たちがジャックに紙袋を渡して、ジャックはそれを嬉しそうに受け取っていた。
そりゃ今日はそういう日なわけだから、自分以外にもチョコをあげる人はいるわけで。でもこういう場面を目の当たりにすると、チョコをあげなくても別に良いんじゃないかとマイナスに考えてしまう。チョコ、渡さなくてもいいかな、そう思いながらジャックたちから離れようとしたとき。

「あっ!いたぁー!」
「!?」

ジャックの大きな声に思わず振り返ると、ジャックがなまえに向かって走ってくるのが目に飛び込んできた。

「良かった、探してたんだよー!」
「え…」

探してたって、なんで。
目を丸くするなまえに、ジャックはにこにこと笑みを浮かべながら口を開いた。

「朝から僕を探してたんでしょ?」
「!な、なんで知ってるの?」
「キングから聞いたよー。僕も探してたんだけどなかなか見つからなくて」

でも見つかって良かった、と息を吐くジャックに、なまえはジャックの手にある紙袋を見て、自分の紙袋をサッと後ろに隠した。

「で、探してたってことは僕に用があったんでしょ?どうしたの?」
「あ、えっと、それは…その…」

目線を泳がすなまえに、ジャックはわくわくしながらなまえを見つめる。しかしジャックの期待とは裏腹に、なまえは話題を逸らすように口を開いた。

「それより、それ!チョコでしょ?良かったね」
「あぁ、これ?これは…」
「そんなにたくさんあると食べるの大変だよね!が、がんばってね!それじゃあ!」
「へ?えっ、ちょっ?!」

それだけ言うとなまえは踵を返し、ジャックから離れていく。ジャックは呆気にとられながらも、慌ててなまえの後を追った。そこへちょうどクラサメが通り掛かる。

「こら、ジャック!廊下を走るなと何度言えば」
「あっ、隊長いいとこに!これ、女の子たちから!」
「は?」
「僕急いでるからまたねー!」
「なっ、待て!」

調度現れたクラサメに、ジャックは先程女の子たちからもらった紙袋をクラサメに渡し、走り去っていく。クラサメは両手にある紙袋を見て、深い溜め息を吐いた。



クラサメに紙袋を渡したジャックは、全速力でなまえを追いかける。そしてなまえはあっという間に左腕を掴まれ、ジャックに捕まってしまった。

「なまえ、待ってって…」
「………」
「ねぇ、なんで逃げたりしたの?」

優しく言うジャックになまえは唇を噛む。何も言わないなまえに困り果てていると、なまえはゆっくり振り返り、ジャックの手に何も握られていないことに気付いた。

「あ、れ…ジャック、紙袋は…?」
「ん?紙袋?あぁ、あれ、隊長に渡しておいてって頼まれたんだぁ」
「そうなんだ…ん…?」

てことは、ジャックはチョコを貰ったわけじゃない…?
おそるおそるジャックを見上げると、ジャックは怪訝そうに微笑んでいて、勘違いだったことに気付いたなまえは顔が茹で蛸のように赤くなった。

「ごめ、私…!」
「うん?」
「…ジャックがチョコもらったんだって勘違い、してた…」
「僕まだ一個もチョコもらってないよ?」
「えっ」

そんなはずがない。
そう顔に出ていたのか、ジャックはぷっと吹き出した。

「あはははは!分かりやすいなぁもう」
「えっ、一個も?!あ、有り得ないよ!」
「だって、僕好きな子のしか欲しくないもーん」
「好きな子?」
「そうそう。その好きな子、僕を探してるって聞いたからさぁ」
「!」
「だから僕も探してたんだけど、見つかったと思ったら何故か逃げちゃうし」
「それ…って」
「僕ね、なまえからもらえるのすっごい楽しみにしてたんだ」

そう笑いながら頬をほんのり赤くさせるジャックになまえは右手に持っていた紙袋をおずおずと差し出す。それをジャックが「もらっていいの?」と聞くと、なまえはコクンと首を縦に振った。

「えへへ、ありがとう!」
「こ、こちらこそ…あの、ぐちゃぐちゃになってるかも…」
「ん?そんなの気にしないよー!なまえからもらえただけで嬉しいからねぇ」

嬉しそうに笑うジャックに、なまえもつられて笑うのだった。


「それにしても本当にもらってないの?」
「うん。好きな子以外は貰わない主義なんだって断ったよー」
「えっ、頑張って渡そうとした女の子もいたかもしれないよ…?」
「うーん、でもチョコをもらって相手に期待させちゃったら悪いからさぁ」
「…そっか」
「あとなまえ以外にチョコもらったら、なまえに悪いし」
「えっ」
「あんな悲しそうな顔、もうさせたくないからねー」
「………」
「そんな可愛い反応されちゃうとなまえのことも食べたくなっちゃうなぁ」
「!?」
「あはは、冗談だから大丈夫だよー」
「冗談に聞こえないよ…」
「うん、半分本気だからね」
「?!!」