短編 | ナノ

節分の日


今日の時間割の中で一時間、自習の時間がある。その一時間はクラサメが公用で席を外すことになっていて、それを使ってなまえはある行事をしようと企んでいた。
クラサメが教室を出ていったのを確認すると、ナギからもらったある袋を机の上に複数乗せる。先に気付いたのは、なまえの席の前にいるジャックだった。

「うわぁ、なまえ、なにそれ?」
「大豆」
「だいずぅ?なんでそんなの持ってるのー?」

ジャックの大きな声が教室に響き渡る。他の彼らも怪訝な面持ちでなまえに視線を移した。なまえはニヤリと妖しい笑みを浮かべる。

「また余計な物を持ってきたのですか?」
「余計な物だなんて失礼だなぁ。クイーン、私ね、この時間を使ってある行事をやりたいの」
「ある行事?なんだそりゃ?」

ナインが腕を組み首を傾げる。クイーンもなまえの言うある行事というものが思い浮かばず、眉根を寄せながら首を傾げた。ケイトやシンクは席を立ち、なまえの周りに集まってくる。

「うっわ、なにこの量!誰からこんなのもらってくんのよ?」
「すごぉ〜い。豆ばっかりだ〜!」
「ナギに頼んでおいたんだ。今日の日のために!」

目を爛爛させるなまえに、エイトとキングは不安になる。なまえが突発的に行う行事とやらは、大概最悪な事態を引き起こしているのだ。
ざらざらと大豆を触るケイトとシンクの後ろから、トレイとナインがそれを覗き込む。

「大豆ですか。そういえば今日は節分の日でしたね」
「トレイ大正解!」
「あなたが節分の日を覚えているなんて、こんな奇跡的なことが起きるとは思いませんでした」
「奇跡的とかそんな褒めたって大豆しかないんだからね!」
「トレイって今の褒めたの?」
「あはは、なまえは僕以上にポジティブだからトレイの嫌味なんて効かないよー」
「マジかよコラァ」

ドン引きするナインとケイトに、なまえは照れながらトレイの背中を叩く。ジャックはなまえとよく行動しているからか、彼らよりもなまえのことを理解していた。
静かに聞いていたセブンが徐に口を開く。

「節分の日に大豆、ということはなまえがしたい行事は豆まきか?」
「正解!さっすがセブン!」
「で、でも鬼は誰がするんですか?」

デュースが困惑な表情でなまえに問い掛ける。なまえは両手を腰に当てて、ふふんと鼻を鳴らした。

「私がやるよー!もちろん豆撒きもやるけどね!」
「え?でもどうやって?」
「こうやって!」
「あ、お面が後ろにある!」
「へぇ、なまえにしては考えましたね。でもそれではなまえは誰に豆を撒くつもりなんですか?」
「あ…そういえば」
「なぁ、その大豆僕に分けてくれないか?」
「俺もいいかな」

話の途中にエースとマキナが割って入ってくる。お互い豆を欲しているということは豆まき参戦か、となまえが嬉しそうに豆を分けようとしたとき、エースが微笑みを浮かべながらポツリと呟いた。

「チョコボ、大豆食べるかな…」
「…マキナも、エースと同じ感じ?」
「あぁ、チョコボは豆食うかなってエースに言ったらさ、試してみたいって」
「鬼は外ー!福は内ー!」
「うわっ、なまえ、いきなり何するんだ!」
「マキナとエースは、いつもチョコボチョコボチョコボチョコボチョコボチョコボって、少しは行事を楽しもうとか思わないのかぁー!」

そう言ってなまえは大豆を手いっぱい掴み、エースとマキナに豆を投げ付ける。トレイとクイーンは教室に豆を撒き出したなまえに頭を抱えた。
なまえがなんで怒るのか二人にはさっぱりわからず、なまえの豆撒きの餌食となっている。なまえに豆を投げ付けられている二人を見ながら、ナインが口を開いた。

「なまえって変なところで怒るよな」
「まぁでもマキナとエースはなまえの行事を楽しもうとするより、チョコボのことばかり考えていますからね。なまえが怒るのも無理ありません」
「ていうか教室で豆まきし始めたよあの子」
「あはははは、教室豆だらけだ〜!私も参戦する〜!」
「あ、僕も僕もー!」

シンクとジャックがなまえの机の上に乗っている袋を手に、なまえの元へと駆け出していく。クイーンがなまえの机を見ると、そこには大豆の入った袋が人数分乗っていた。用意周到だ、とクイーンは密かに感心する。そこへレムが苦笑を浮かべながらクイーンたちに声をかけてきた。

「なんか大変なことになってるね」
「アタシも混ざろうかなー。ね、レムも参加しない?」
「ケイトまで参戦する気ですか?そんなことしたらクラサメ先生に怒られますよ」
「あいつが帰ってくる前に豆片付ければいいでしょ?」
「そういう問題じゃないですよ。教室にそんな沢山の豆を撒いたら、片付けるのにもそれなりに時間がかかりますからね」
「はぁ、トレイもクイーンも頭堅いなぁー」
「豆撒きって鬼は誰がやってるの?」
「なまえの後ろ見ればわかるよ」
「あ、なまえの頭の後ろに鬼のお面…そういうことね」
「ね?ほら、デュースもやろうよ。セブンもさ!」
「わ、私は見てるだけで十分です!」
「…私も見てるだけにしておくよ」

デュースとセブンは傍観することに徹するらしい。トレイもクイーンも、巻き込まれたくないのか険しい表情をしながらなまえたちを見つめている。キングもエイトも、我関せずといった表情で、豆が当たらないように教室の隅に避難していた。
ケイトは面白くないという表情をしたあと、席に座って頬杖をついているサイスに向かって声をかける。

「サイスー!アンタも豆まきしなーい?」
「するわけないだろ、馬鹿らしい」
「まぁそう言わずにさ!」
「やんねぇって言ってるだ」
「サイスも豆まきやろうよー!」

なまえの大きな声でサイスの声が掻き消されたと思ったら、数十粒の豆がサイスを襲った。ぱらぱらとサイスの周りに豆が落ちていく。サイスの髪の毛には二粒ほど豆が乗っていた。
サイスに豆を撒いた犯人はもちろんなまえで、サイスはこめかみに青筋を浮かべ席を立ちなまえの机にある袋をふんだくる。掌いっぱいに豆を掴み、なまえに向かって勢いよく投げた。

「いたっ、いたた!ちょ、サイス、痛いって!」
「先に喧嘩売ったのはあんただろうが!」
「あははは、なまえ豆だらけー」
「ちょ、サイス!僕にも当たってるからやめろ!」
「俺にも当たってるって!これ地味に痛いから!」
「あはは、ナイン助けてー!」
「ハァ?!ちょ、俺に近付くなコラァ!豆が当た、いてっいてぇって!」

サイスはなまえだけを狙っているつもりだったが、サイスの放った豆はあちらこちらに飛び火していた。エースやマキナはもちろん、なまえは笑いながらナインに駆け寄り助けを求めた結果、ナインもとばっちりを食らってしまい、元々気は長くないナインはなまえの机にある袋を引ったくり、なまえの後ろにいるサイスにやり返しの豆を投げつけた。

「てめぇ、俺が目に入んなかったのかよコラァ!それともわざとかコラ!?」
「わざとだったら何だよ?だいたいそこにいるあんたが悪いんだろ」
「あぁん?俺に喧嘩売ってんのかてめぇ」
「はっ、上等だ。あとで泣き言抜かすなよ!」
「ぎゃっ!ちょ、サイス、いたっ、私、私が間にいるからっ!いてっ!な、ナイン!私の目に豆当たったって!いたっ?!私を挟んで豆投げたって意味ないから!」

実は手を組んでいるのかと思うくらい、サイスとナインはなまえ越しの相手に向かって豆を投げつけていた。サイスとナインの間にいるなまえは高速で豆を投げ合う二人の攻撃から抜け出すため、しゃがんで下から脱出を試みる。しかしそれをナインとサイスが許さなかった。

「もとはと言えば」
「お前が元凶だったなコラァ!」
「いたっいたたたた!ごめ、あはは、ごめんって!豆痛いっ!」

笑いながら二人の豆を食らうなまえに、それを傍観していた彼らは顔を引きつらせる。ケイトは苦笑いをしながら口を開いた。

「笑ってるよあの子…」
「なまえさんっていつも思っていましたが、どこか少し抜けていますよね…」
「少しどころか凄い抜けてる気がする…」
「はぁ…なまえは本当に懲りないというかなんというか…」
「ここまでぶっ飛んでると、一度然るべき機関に診てもらったほうがいいかもしれませんね」
「普段はいい奴なのに何らかの行事が来るとぶっ飛ぶからな…」
「普段は、な。まるでクイーンみた」
「わたくしが何ですか?エイト」
「いや…何でもない」

クイーンが鋭い目付きでエイトを見ると、エイトは顔ごとクイーンから逸らす。未だ豆を投げ合うなまえとサイスとナインに、エースとマキナがなまえから逃げ帰ってきた。二人の手には豆が手いっぱい握られている。

「マキナ、その豆、チョコボにやるために取ってきたの?」
「あぁ。あ、この袋にも豆が入ってるんだよな?ひとつもらってもいいかな?」
「いいんじゃない?なまえが用意したやつだし」
「僕は二袋貰おうかな」
「あ、じゃあ俺も二袋もらおう」

袋を握りしめる二人の表情は、とても優しい表情をしていた。そんなにチョコボに豆をあげたいのかと、周囲は何とも微妙な空気が流れる。そんな中、豆がなくなったのかジャックとシンクが帰ってきた。

「なくなっちゃったから帰ってきたー」
「あ〜楽しかったぁ〜」
「なまえとナインとサイスは?」
「んー?なんか和解したのか、あそこで握手してるよー!」
「握手?」

三人のいる方へ一斉に視線を向けると、なまえがサイスとナインの手を握りにこにこと嬉しそうな顔をしていた。サイスとナインは不服そうながらもなまえの握手を受け入れている。一体あの三人の間に何があったのかと彼らは首を傾げた。

「ねー皆ー!」

なまえが声をあげながらこちらに向かってくる。また何か良からぬことを考えているのかとクイーンが眼鏡をかけ直したが、クイーンの予想は外れてしまった。

「撒いた豆を年の数だけ拾って食べると厄除けになるんだよ!」
「もしくはひとつ多く、ですけどね」
「へぇ、なまえってばよくそんなこと知ってるねー」
「行事女なめんなよ!」
「なめてませんから。でもなまえにしてはよく知っていましたね。…せっかくの節分の日ですし、撒いた豆を年の数だけ食べましょうか」
「げ、下に落ちてる豆食うのかよ…」
「食べないとサイスっちには厄が来ちゃうよ〜」
「なら私が厄除けしてあげようか?」
「なまえに厄除けしてもらうより豆食ったほうが賢明だぞ」
「チッ…」
「豆ってまめーって味がするー」
「ジャック、まめーな味ってなんだよ」
「わかるわかる。まめーって味するよねー!」
「まめーな味ってなんだよオイ」
「だからまめーな味だよ!ナインも口いっぱい食べてみればわかるって!」
「ナイン、年の数だけ食べればいいんですからね」
「ジャックさんとなまえさんって似てますよね。色々と」
「確かに色々と似てるな…」
「エース、チョコボにも年の数だけ食わせてみないか?」
「いいな、じゃあ拾ったやつだけ別の袋に入れなきゃな」
「マキナとエース、本気で言ってるのか?」
「エースはわかんないけど、マキナの顔は本気かな」

教室に撒かれた豆を年の数だけ食べたあとなまえたちは周りを見渡す。教室の床は当然豆だらけでなまえ以外の彼らは顔を引きつらせた。
そこへ、突如教室の扉が開かれる。

「………なんだこれは」

呆然と立ち尽くすのは担任のクラサメで、教室が豆だらけなことに驚きを隠せなかった。クラサメはゆっくりとなまえたちに顔を向ける。その表情は怒りに満ちていた。

「この豆はどうしたんだ」
「あの、クラサメ先生、これは」
「…誰の仕業だ?」

クイーンの言葉を遮るクラサメに、もはや誰も弁解の余地はない。クラサメの言葉に、彼らの視線が一斉になまえへ向けられる。
なまえは怒られるとわかっているのか、しゅんと肩を落としていた。

「なまえがやったのか」
「はい…すみません…」

その姿に、クイーンはハァと小さく溜め息をついたあと口を開いた。

「すみません、クラサメ先生。わたくしも悪いんです。なまえを止めなかったわたくしにも責任はあります」
「!クイーン…」
「私もなまえがやりそうなことを止められませんでしたから、私にも責任はあります」
「トレイ…」
「まぁ、アタシも豆食べちゃったしね。なまえだけの責任じゃないよ」
「なまえさんを止められませんでしたし、ケイトさんと同じく豆を食べてしまいましたから、私にも責任はあるはずです」
「僕も、チョコボのためとはいえなまえを止めることをしなかったからな…僕にも責任はある」
「俺もチョコボに豆をあげたいと必死だったからさ。なまえだけが悪くないよな」
「そうだな、止めようと思えば止められたのに、それを傍観していたオレも悪かった」
「あぁ、なまえを止められなかった俺も悪い」
「私も途中で楽しそうって思っちゃったから、なまえだけが責任とることないよ」
「なまえも責任はあるだろうけど、傍観していた私も責任はあるな」
「チッ、なんだよ皆して…あたしだって巻き込まれたくなかったけどなまえが豆当ててきやがったせいなのによ…まぁ、あたしもそれに乗ったのがいけないんだけどさ。なまえのせいだけでこうなったわけじゃないから、あたしも悪かったよ」
「俺だって元々はなまえのせいだからな。…んだけどよ、こうなっちまったのは俺にも責任はあるぞコラ」
「なまえっちだけのせいじゃないよ〜。私も豆まきしたからね〜!」
「そうそう、なまえはただ節分を楽しみたかっただけだよー。ちょっと羽目外しすぎちゃっただけだもんねー。僕もなまえと一緒に責任とるからさぁ」
「…みんな…」

彼らがなまえを庇う姿勢にクラサメは目を細める。クラサメの補佐であるトンベリは床に落ちている豆をじっと見つめ、手で豆をツンツンと触っていた。
なまえは責任を一緒に取ってくれると言う彼らに感動して涙目になっている。なまえを庇う彼らに、クラサメは肩を落としながら溜め息をついた。

「…とにかく、今から全員で豆を片付けろ。これでは講義どころじゃないからな…それときっかけを起こした罰としてなまえは今日から一週間、私の雑務を手伝うこと。いいな?」
「え!?なんで私だけ!?」
「仕方ないですよ、なまえが珍しく節分をやろうなどと言い出したのが原因ですし」
「えぇ、元々なまえが言い出したことですからね」
「ちょ、クイーン、トレイ?さっき私だけの責任じゃないって…」
「いやいや、なまえが教室に豆撒かなかったらこうなってなかったからね」
「豆撒き始めて止めなかったのは私たちが悪いかもしれないけど、大豆持ってきたのはなまえだもんね」
「え、ケイト、レム…?!」
「こんな大惨事になったのはなまえさんが豆を撒き始めたからですよね」
「教室が豆だらけになった責任はあるが、なまえがきっかけを作ったに過ぎないからな」
「デュースにセブンまで…!」
「僕も豆さえなかったらチョコボのこと考えなかったんだけどな」
「そうだな…なまえが豆さえ持ってこなかったらこんなことにはならなかったと思う」
「こんなときまでエースとマキナはチョコボチョコボ…」
「ま、こうなるとは思ってたさ。なまえ、諦めろ」
「潔くクラサメの雑務を手伝うんだな」
「えぇ…エイトとキングも?」
「なまえが豆をあたしにぶちまけなかったらこうならなかったよな、なぁナイン」
「あぁ。サイスの言う通りだぜコラァ」
「こんなときはお互い同調するなんて…!」
「さすがに今回はなまえっちが悪いよぉ〜。豆持ってきたのが運のつきだったねぇ〜」
「僕も今回はフォローできないなぁー。ま、どんまいってことで」
「シンクにジャックまで?!楽しんでたくせにー!皆の薄情者ー!私の涙返せー!」
「はいはい、早く片付けましょうね」
「うぅぅ…」

かくして教室豆だらけ事件は幕を閉じたのだった。



豆を片付けたあと、なまえはクラサメの雑務を手伝うために居残りをさせられていた。なまえはげんなりしながら判子を押すだけの作業に徹する。少しでも休もうと手を止めれば、クラサメの威圧とトンベリの威嚇がなまえを容赦なく襲った。
残り一枚に判子を押すと、倒れるように机に突っ伏す。

「疲れた…はぁ、何枚判子押したことか…」
「ご苦労だった。明日も頼むぞ」
「げぇ…逃げたい…」
「逃げたらトンベリが許さないだろうな。まぁ、逃げ切れたとしても夜には気を付けたほうがいい」
「えっ、まさか、と、トンベリに刺されたりするんですか?」
「…………」
「ちょ、黙らないでくださいよ!」
「明日も頼むぞ」
「…わかりました…」

項垂れるなまえに、クラサメは鼻で笑う。そんなクラサメになまえはジト目で見つめていたが、ふとあることを思い出し懐から袋を取り出してクラサメに差し出した。いきなり袋を取り出したなまえに、クラサメは眉根を寄せる。

「クラサメ先生って26歳ですよね」
「…そうだが」
「これ、さっき拾った豆です。26粒あるので、厄除けに食べてください」

なまえは教卓にそれを置くと、教室から出ていこうと踵を返す。クラサメはそれを見つめ、ふ、と口元をあげた。

「なまえ」
「は、い?」
「トンベリの分はあるか?」
「え゙?!クラサメ先生、トンベリの歳わかるんですか!?」
「歳はわからないが、私の分だけではトンベリも一緒に食べられないだろう?」
「ああ、そういうことですか…。残ってるのありますよ、はい、トンベリどうぞ」

あとで他の生徒にも分けようと豆を持っていたなまえは、トンベリの分を袋に移し少し多く豆を入れて渡す。トンベリは素直にそれを受け取った。

「トンベリも、豆食べるんですか?」
「ああ。なまえ、ありがとうな」
「えっ、クラサメ先生がお礼言うなんて…明日は雪かも…」
「では今日からニ週間、雑務よろしく頼むぞ」
「一週間増えた!?」