短編 | ナノ

独り身と風邪引き




「ナギーいるんでしょー」


なまえはナギの部屋の前で声を大にして扉を叩く。少ししてマスクを装着しているナギがゆっくりと扉を開けた。赤みがかってる頬を見て、なまえはニヤリと笑う。


「…なんだよ」
「や、独り身は寂しいよねーて思って」
「俺見ての通り風邪引いてるんだけど、なまえの目は節穴か?」
「いやー、独り身って寂しいよねー」
「耳も節穴か」


やいやい言うナギになまえは耳も貸さず、扉から部屋に身体を滑り込ませる。ナギは慌てて扉を閉め、なまえの肩を掴んだ。


「だから俺風邪引いてるんだけど!」
「独り身だから寂しくって風邪引いたんだ可哀想」
「こら、俺を怒らせに来たのか?」
「まっさか。独り身で寂しくクリスマスを過ごすナギが可哀想だから私が慰めに来たのさ」
「…いや俺風邪引いてるから」
「何回も言わんくてもよろしい。ほら、病人は布団の中入った入った!」


なまえはナギの背中を押してベッドに押し遣る。ナギは押されるがままベッドに座り、そして有無を言わさず布団の中へ誘導された。ため息をつくナギに、なまえは得意気な顔でナギを見下ろす。ナギはそれが少し不快だった。


「いっつ、でぃなーたーいむ!」
「…ふざけてんのか」
「独り身のしかも風邪引きのナギくんに、私からプレゼント!」
「は?」


なまえの手にはスプーンが握られていた。呆然とするナギに、なまえはスプーンをナギの手に握らせる。意味がわからないといったナギに、なまえはにっこり笑みを浮かべて口を開いた。


「ナギにマイスプーンをプレゼント!」
「マイスプーンて…」
「そのスプーンはいつ使うの?今でしょ!」
「何それ…」
「私からナギに、お・も・て・な・し、するためのスプーンだよ!」
「いやもてなしてねぇし…押し掛けてるだろ…ていうか流行りに乗ってんじゃねぇよ白けるわ…」
「まぁまぁ、そんな細かいことは置いといて。ほら、お粥」
「…え」


なまえは小さな土鍋をナギの前に差し出す。ナギは目を丸くしてなまえを凝視した。その顔はやはり得意気だった。


「独り身なのに風邪まで引くなんて災難だよねーてことで同じく独り身の私が独り身のナギにプレゼント」
「プレゼントってお粥かよ…ちっとも嬉しくねえ」
「そう言いながら耳赤くなってますよ」
「これはあれだ、熱があるから赤くなってるだけ」
「はいはい。冷めないうちに召し上がれ」


ナギは身体を起こし膝の上にお盆を乗せられる。土鍋の蓋をあけると、米の匂いが鼻をくすぐった。なまえからもらったスプーンでお粥を掬おうと動かしたが、寸前で止まる。


「?どしたの?」
「あー…ちょっと俺手動かすのも怠い」
「だから?」
「…ん」
「ん?」
「食べさせて」
「………」


人間体調が悪くなると人に甘えたくもなるよな、そんなことを思いながらナギはスプーンをなまえに渡す。なまえは眉を寄せてナギを見たが、溜め息つくとスプーンでお粥を掬った。


「はい」
「えっ、ちょ、普通はフーフーするだろ」
「フーフー」
「そのまま言ってどうすんの。冷ますように掬ったお粥に向かってフーフーしろよ」
「フーフーくらいナギもできるでしょ」
「俺優しく息吐くのも無理」
「喋れるくせに」
「俺のために作ってくれたんだろ?」
「独り身の風邪引きのためだ」
「それ俺じゃん」
「………」


図星をつかれたからか少しだけ頬が赤くなるなまえに、ナギは噴き出すのを堪える。なまえは盛大に溜め息をつくと、ナギに見えないように隠れ、少ししてナギの口元にお粥を乗せたスプーンを差し出した。


「………」
「………」
「フーフーしたし、早く食べて」
「あーん、は?」
「…もう私が食べる」
「あーうそうそ!ごめんって!食べるから!」


なまえが口を開き食べようとしたらナギが慌てて止めに入る。なまえは呆れた表情でナギの口にお粥を運んだ。一口食べると、ナギは驚いたように口を開く。


「うめえ」
「不味いと思ってたの?失礼な奴だ。だから独り身なんだね」
「悪かったって。いや、こんなに美味しいとは思わなくってさ」
「…ご飯あんまり食べれてないんだってね。マスターが心配してたよ」
「え、あぁ…まぁ、確かに食欲はあんまりなかったからなぁ」


なまえはナギの目の前でフーフーしないものの、隠れながら何回もナギにお粥を食べさせた。だいぶ冷めてきたところで、なまえはナギにスプーンを渡す。


「もう冷めてるから大丈夫だよね」
「えー全部食べさせろよ。てかお前だいぶテンション下がったな」
「ナギが無茶ばっか言うからだっつの。あー恥ずい、死ぬかと思った」
「じゃあ今度なまえが風邪引いたら俺が看病してやるよ。独り身で寂しいだろうからな」
「口だけは元気だよね。あーあ、私もお粥たーべよ」
「え、あ、おい」


ナギからスプーンを奪い、なまえもお粥を一口食べる。眉間にしわを寄せるナギに、なまえはニヤリと笑った。


「これで移ったら看病しに来てね」
「…お前そんなに俺のこと」
「美味しいから全部食ーべよーっと」
「あ、俺に作ってくれたんだろ!俺の返せ!」


その数日後の大晦日に、ナギが土鍋を持ってなまえの部屋に入っていくのを何人かの候補生が目撃したとかしなかったとか。