短編 | ナノ

ティッシュを配るサンタガール



聖なる夜にバイトとか笑えない。しかもティッシュ配りとかもっと笑えない。

「メリークリスマスー。よかったらティッシュどうぞー」

張り付けた笑顔でアベック以外の行き交う人にティッシュを配る。
本当は今日は休みで優雅に一人を満喫しているはずだった。しかし、バイト仲間の男の人に「25日の予定空いてる?」と聞かれた私は少し期待しながら、「空いてます」と答えたらこれだ。そんな聞き方されたら期待してしまうのも無理はない。
あの野郎クリスマスツリーの下敷きになってしまえ。そう心の中で呟きながら、ティッシュを配っていく。


「ティッシュどうぞー」
「あぁ、ありがとう」
「よいクリスマスをー」


心にもないことを口にする私はもう自棄を起こしていた。何がクリスマスだ、何が聖なる夜だ、何がカップルだ。私は無宗教だ、クリスマスなんてくそくらえ。


「君かわいーね。サンタガール?」
「うふふ、かわいいですかー?お世辞ありがとうございまーす。そんなあなたに私からプレゼントー。どうぞティッシュでーす」
「わーありがとうー!」


金髪のお兄さんに営業スマイルでティッシュを配る。お兄さんも私に負けず劣らずの営業スマイルでお礼を言ってくれた。珍しい、こんなイケメンが一人だなんて。興味を持った私はティッシュをもらってもなお立ち去らないお兄さんに声をかける。


「お兄さん一人なんですかー?」
「そう見えるー?」
「いやー見えませんねぇ。彼女さんと待ち合わせとか?」
「彼女はいないよー。ひとり寂しく聖なる夜を過ごすんだぁ」
「えー!お兄さん、こんなにかっこいいのに彼女さんいないなんて、周りの女見る目ないですねー」


彼女いるかと思ったがいないと答えるお兄さんに正直な感想を述べる。お兄さんは「そうだよねー」と言いながらティッシュをポケットに突っ込んだ。


「君はこんな日にバイトしてるくらいだから、彼氏いないんでしょー?」
「痛いとこ突きますねー。お兄さん、そんなデリカシーのないこと言わないほうがモテますよー」
「僕は好きな子にモテればそれでいいんだけどなぁ」
「好きな子いるんですか?なら、その好きな子誘ってクリスマス過ごせばいいじゃないですか。私みたいな寂しい女の相手してないで」


後半は少し恨みを込める。お兄さんに話しかけてもすぐに会話が終わると思っていた。私から話しかけたのが悪いんだけど、お兄さんがお喋り好きとは知らなんだ。とりあえず、お兄さんにはどこか行ってもらおう。そしてできたら二度と現れないでほしい。そんなことを願いながら話を切り出した。


「お兄さん、油打ってないでその好きな子誘ってどこか行ってくればいいじゃないですか。なんせ今日はクリスマス、告白して断る人なんていやしませんよ」
「そうかなぁ?そう思う?」
「えぇ、少なくとも私がそうです。では、好きな子に当たってカップルにでもなってきてください。あ、その好きな子用にティッシュもあげますよ。キューピットからのお土産です、あ、サンタクロースか。まぁいいや、それではお兄さん、頑張ってきてくださいねー」
「わかったぁ聞いてくれてありがとうー!またねー!」
「もう二度と会うことはありませんよー、なんせ私はサンタクロースですからー」


お兄さんはもうひとつのティッシュを片手に、人混みの中へと消えていった。消えたのを確認すると盛大にため息をつく。そして片手に持っている籠の中の大量のティッシュを見て、肩をがっくり落とした。





ティッシュがなくなる頃にはすっかり人通りもなくなり、時計へ目を移せば短い針が11を指していた。もうこんな時間か。最後のひとつを渡し終わり、漸くバイトが終了した。もうこんなこと二度とやりたくない。とはいえそれなりに時給はいいので、こんな日以外なら喜んでいつでも入っているのだけど。
ティッシュも配り終わったし、コンビニでケーキでも買って一人で過ごすか、と思いながら踵を返すと誰かとぶつかってしまった。


「す、すみませ…」
「お疲れ様ぁーこれ、どうぞー」
「え?」


その声に聞き覚えがあった私はハッとして顔をあげる。そこには、先ほど仕事の邪魔をしていたお兄さんが、あの営業スマイルでホットココアを持って立っていた。呆然とする私にお兄さんは私の手に缶のココアを取らせる。


「いやー寒いのによくやるよねぇ」
「え、え?お兄さん?なんで?」
「ん?またねーって言ったでしょー」
「そうでしたっけ?ていうか好きな子は?」
「断らないんだよね?」
「は?」
「僕ね、君のことがずっと好きでした!」
「……は?」


不意の告白に私はあんぐりとなる。そんな私にお兄さんはにこにこしながら、私がさっき配っていたティッシュを差し出してきた。目が点になる私を他所に、お兄さんは口を開く。


「じゃ、今日は聖なる夜だし僕と過ごそうね!ケーキなら用意してあるから!あーよかったぁ、断られなくて。あ、もちろんこれからゆっくり時間をかけて、僕のことを好きにさせるから、心配しないでねぇ」
「え、あの、え!?」


まさかの展開に驚く私を他所に、お兄さんは一人楽しそうに私の手を取り歩き出すのだった。


「え!お兄さん私と同じ年だったんですか!?」
「そうだよぉ、同じ年。だから敬語にしなくていいよー」
「えー…ていうかずっと好きでしたって…」
「いつもティッシュ配りしてたでしょー?完全に一目惚れなんだけどね」
「へぇ…そうだったんですか…」
「君からして僕はどう思う?」
「かっこいいとは思います」
「…まぁいいやーこれから僕のこと好きなるだろうし、今日からよろしくね!」
「(そんなことないと言いたいけど言えない悔しい…)はぁ、よろしくお願いします…」