短編 | ナノ

クリスマスデート




今年もクリスマスの街中はカップルで賑わう。去年も一昨年もその前の年も、ヒデノリやタダクニとクリスマスを過ごしてきたけれど、今回は違った。なんと、初めての彼女と初めてのデートでイルミネーションを見に行くのだ。ヒデノリやタダクニには文句を言われたが、こればかりは譲れない。
なんせ初めての彼女と初めてのデートなのだから。


「ヨシタケくん!」
「あ、お、おっす」
「やっほ。来るの早いね、まだ待ち合わせ時間の15分前だよ?」
「そういうなまえも来るの早いだろ」
「へへ、楽しみだったからねー!」


照れ笑いを浮かべるなまえが可愛くて思わずにやけてくる。それを悟られないように手で口を覆い視線を逸らした。


「と、とにかく行こうぜ」
「あ、そだね!」


話題を逸らすように言えばなまえも明るい顔をして歩き出す。イルミネーションの場所は自分の高校の近くだった。いつものように定期で改札を通る。なまえも高校は違うが電車で通っているから定期で改札を通った。
予定より早く待ち合わせたからか、乗る電車が来るまで時間がある。俺達はその電車が来るまでベンチに座って待つことにした。


「今日寒いねー」
「あぁ、そういえば寒いな」
「なんか急に冷え込むって天気予報でやってたよ」
「マジかー、マフラー持ってこればよかった」
「…あのね」
「ん?」


照れ臭そうにもじもじするなまえに首を傾げる。なまえは笑みを浮かべながら、少し大きめの鞄から袋を取り出して、俺に差し出してきた。


「クリスマスプレゼント!」
「…え」


呆然とする俺になまえは頬を赤らめて恥ずかしそうに笑う。それを受け取ると言い様のない羞恥心が込み上げてきた。


「あ、ありがと…すっげぇ嬉しい」
「いえいえ、あ!袋開けていいよ」
「は?でも…」
「いいからいいから、開けてみて!」


にこにこしながら言うなまえに俺は首を傾げて、袋を丁寧に開ける。袋の中を覗く込むと濃い緑色の毛糸が目に入った。ちらりとなまえに視線を戻すがなまえはにこにこ笑うだけで、俺はそっとそれを手に取り袋から取り出す。


「…マフラー?」
「ピンポーン!ねね、つけてみて」
「い、今?」
「今!」


なまえの要望に俺は躊躇いながらもマフラーを首に巻く。肌に触れる毛糸の感触は、痒くもなくむしろくすぐったいくらい柔らかい。首に巻き終わると、冷たい空気が当たらなくなったからか首もとがほんのり暖かくなった。


「どう?暖かい?気に入ってくれた?」
「おう」
「よかった!あ、手作りじゃないけど気持ちはすっごいこもってるからね」
「…ほんとありがとな」


俺がそう言うとなまえはにっこり笑った。胸がキュンキュンしながらマフラーを見る。
あれ、そういえば俺は?
ふとそう思った瞬間サッと血の気が引く。そういえばこのデートのことで頭いっぱいでクリスマスプレゼントとか考えもしなかった。彼女からプレゼント貰っといて彼氏があげないのは非常にまずい。どうすればいいのかと考えている途中で乗る電車が来たらしくなまえが腰をあげて俺に声をかけた。


「ヨシタケくん、電車来たよー」
「あ、お、おう…」


電車の中でもクリスマスプレゼントのことを考えていたが、結局何も思い付かずイルミネーションの場所に到着した。色とりどりの明かりになまえは目を輝かせて、綺麗綺麗とはしゃぐ。周りがほとんどカップルで、人も多く、少し離れたらすぐはぐれてしまいそうだった。


「ほら、ヨシタケくん、綺麗だねー!」
「あぁ、綺麗だなー」
「あ、あっちクリスマスツリー飾ってあるよ!見に行こ!」
「あ、ちょっ」


よほど楽しいのか足早にクリスマスツリーのところへ向かうなまえに、俺は咄嗟になまえの手を取る。なまえは目を見開いて俺に振り返った。その反応に、少しだけ後悔する。咄嗟に掴んだとはいえ、いきなり掴まれたら嫌だったかもしれない。唖然とするなまえに、俺は視線を逸らしながら口を開いた。


「…人、多いし、はぐれたらいけないから」
「う、あ、そ、そうだよね、つい気が急いじゃって…ごめんね」
「いや、その、うん…」


こういうときヒデノリだったらもっとうまいこと言うんだろうな。そんなことを思いながらちらりとなまえに視線を移すと、かちりと目が合った。途端に顔を赤くさせるなまえに、俺は思わず手に力を入れてしまう。


「………」
「………」
「い、行こうぜ。クリスマスツリーんとこ」
「う、うん、そだね」


手を離すことなく、俺が歩き出すとなまえも着いてくるように歩き出した。しばらく黙ったままだったが、クリスマスツリーの前に着くと、見上げながら二人して声を漏らす。


「すげ…」
「すごい…」


同じことを言うなまえと俺は顔を見合わせてどちらからともなく笑った。





イルミネーションも見終わり、なまえを送る途中でハッとクリスマスプレゼントのことが頭を過る。イルミネーションが綺麗すぎてすっかり忘れていた。今さらどこかに買いに行くわけにもいかないし、と悶々する俺になまえが不意に足を止める。


「ヨシタケくん?」
「え?あ、なに?」
「もう着いたけど…」
「え!?」


なまえに言われ顔をあげると、いつの間にかなまえの家の前だった。全く気が付かなかったと呆然とする俺に、なまえは笑いながらお礼を言う。


「今日はありがとう、すごく楽しかった」
「い、いや、俺も楽しかった…マフラーもありがとう。一生大切にする」
「一生って、そんな大層なものじゃないし」


笑って言うなまえに、俺はない頭を必死に動かし思考を巡らす。今度プレゼント渡すことも考えたが、あげるときにはクリスマスじゃなくなってるし、とぐるぐる考えを巡らしているとなまえが名残惜しそうに呟いた。


「じゃあ、またね」
「え!?あ、ちょっと待って!」
「え?」
「あ、えーと…」


離れそうになる手を離すまいと強く握る。なまえは目を丸くして俺を見つめていた。


「ヨシタケくん…?」
「う、あー…その、今日が楽しみで、俺プレゼントのこと忘れてて」
「あはは、そうだったんだ」
「わりぃ…」
「気にしてないよー、むしろプレゼントを忘れるほど今日を楽しみにしててくれて嬉しいし」
「…で、そのいきなりで何なんだけど、目、瞑ってくれねぇ?」
「えーなになに?」
「い、いいから早く!」


首を傾げながら笑うなまえに、目を瞑るよう急かす。なまえが目を瞑ったのを確認するように目の前で手を上下に動かした。


「なんかほんのり風がくるんだけど」
「ちゃんと目を瞑ってるかチェックしてんの」
「何それー」
「薄目開けてない?」
「開けてませんよー真っ暗で何も見えません」


それを聞くと俺は気付かれないように深呼吸をする。かなり恥ずかしいけど、ここは男らしいところを見せる時だ。俺は徐々に顔を近付かせていく。


「まだー?」
「…まだ」
「何かくれるの?」
「うん、ちょっと黙ろうな」


よほど楽しみなのか、なまえの口元がニヤニヤしている。そのニヤニヤしている口に、俺は自分の口を重ねた。


「!」


驚いたのかびくりと身体を跳ねさせる。なまえの唇は思ったより冷たかった。なまえが目を開けているかもしれない、でも恥ずかしくてそれを確認できることもなく、ゆっくり顔を離す。俺は顔に熱が集まるのを感じながら、おそるおそる目を開けると、なまえは茹で蛸のように顔を赤くしていた。


「………」
「…いきなり、ごめん」
「えっ、いや…えー…」
「やだった…?」
「え?!い、嫌なわけないじゃん!その、びっくりして…」


口に手を当てるなまえに、俺は思わず繋いだ手を自分のほうに引っ張る。なまえの身体はいとも簡単に俺の腕の中に収まった。


「…やべー」
「え?」
「なまえ可愛すぎ」
「うっ…」
「…あのさ」
「ん…?」
「来年も、一緒に過ごそうな」
「…うん」


抱き締め合う俺達を祝福するかのように、鈴の音がどこからか聞こえるのだった。




「夜に鈴の音?」
「あぁ、どこからか聞こえてきてさー普通だったら怖いけど、そんときはすげーロマンチックだった。あれなんだったんだろ」
「あ、それ俺かも」
「…え?」
「いやーモトハルたちとプレゼント交換してさ。鈴の束貰って使い道に困ってたら、帰り道にいいもの見させてもらったからお返ししといた」
「………」
「………」
「あれ?ヨシタケ顔赤いけどどうした?」