短編 | ナノ

ヒーローはすぐそこに




瓦礫に横たわる住人のノーウィングタグを回収する。これで何人目だろう。もう数えきれないほどのノーウィングタグを集めた気がする。溜め息をつくと共に人の気配を感じ、身体を伏せ、息を潜めた。

「いたか?」
「いや、こっちにはいねぇ」
「ちっ、チョロチョロ動きやがって…」

皇国兵はそう言うとまた二手に別れた。皇国兵が追っているのは間違いなく私だろう。ただノーウィングタグを回収しに来ただけなのに、今日に限って皇国軍が戻ってくるなんて思いもしなかった。
ノーウィングタグを回収してたら皇国兵と鉢合わせ、反射的に魔法を使い殺めてしまった。死体のことなど考えもせず逃げたら、この街に朱雀兵が潜り込んでいると皇国軍に知られてしまい、この様だ。
こんな任務だと知っていたら来なかったのに、と歯を食い縛るが今は悔やんでる余裕などない。足に力を入れ、走り出す。街の出入口は封鎖されていて、そこから逃げるのは無理だった。

(逃げながらもしっかりノーウィングタグを回収してる私を誰か誉めてよね…)

そんな人誰もいないだろうけど。こんなときまで任務をこなすなんて、自分で自分を誉めたい。もしかしたら、死ぬまでここから出られないかもしれないのに。

「!」

建物の影から足音がして、私は足を止め瓦礫の山となっているところへ身を隠す。少しだけ顔を覗かせ様子を見るが、一向に足音の正体が現れない。眉をひそめていると、地面に着いている手に、第三者の手が重なった。

「?!」
「シッ、静かに」

身体が飛び上がり振り返れば、そこには9組を示す色の候補生が私と同じような体勢で、人差し指を口に当てていた。その顔を見たことがあるような気がしたが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「な、んで」
「助けに来た」
「は…?」
「とりあえず逃げるぞ」
「逃げるって…」

どこへ、と言う前に、私は無理矢理立ち上がらされて強制的に走り出す。手を引きながらも彼は私のペースに合わせてくれていた。彼の後ろ姿をじっと見つめる。繋がれていた手がやけに熱く感じた。





彼に着いていくこと数分で街の外に出ることができた。いつの間にこんな逃げ道を作っていたなんて、と感心していると、彼が振り返る。

「ここまで来ればもう大丈夫だな」
「…あの、助けてくれて、ありがとう」
「ん、全然いいって。気にすんな」

彼はふっと笑みを浮かべる。それを見て、ホッと安堵の息を吐いた。それにしても、彼が助けに来るなんて、他に仲間がいるのだろうか。
そう思った私は顔を動かすが、他に仲間がいる気配は感じられなかった。その状況に私は首を傾げる。敵地のど真ん中に、彼一人で助けに来るわけがない。

「他に、仲間は…?」
「あぁ、俺一人だぜ」
「……え?」

その言葉に目を見開く。一人で助けに来たなんて無謀にも程がある。たった一人の候補生を助けるために、自分まで危険に晒すなんて考えられなかった。しかし、彼の他に仲間がいる気配はない。呆然としている私に、彼は眉根を寄せて真剣な顔で口を開いた。

「上層部はアンタを見殺しにした」
「見、殺し…?」
「皇国軍が戻ってきたことは、上層部も予想外だったらしい。それで仕方なく、だとよ」
「………」

見殺しにした、上層部が、私を。
その事実に私は、意外にも冷静だった。だからCOMMが繋がらなかったんだ、と合点がいく。でも、ならどうして彼はここにいるのだろう。上層部の命令に背いてまで、何故ここに。
私の考えに気付いたのか、彼は決まりの悪い顔をする。そんな彼に私は首を傾げた。

「別に俺が助けたかったから来ただけだし」
「…どうして私なんかを?」
「どうしてって、そりゃあ…」

そこまで言いかけて、彼はハッとする。そりゃあ、なんだと言うのか。それと、彼の頬が少しだけ赤くなっているのは気のせいだろうか。

「なまえを助けたかったから来ただけだよ、それで十分だろ」
「?なんで私の名前知ってるの?」
「そりゃあ、いつも見てたか……じょ、上層部から聞いたんだよ!」
「………」

彼の言葉に今度は私が頬を染める番だった。言いかけた言葉は私の勘違いじゃなければ、そういう意味と捉えてしまう。もし、違ったら恥ずかしいを通り越してしまうけれど、彼の赤い頬を見る限り、勘違いではないようだった。

「……あの、」
「…ん?」
「ありがとう…」
「…おう」

じゃあ、帰るか、と言って彼は私の手を繋いだまま歩き出した。



「はぁ?!俺の名前知らなかったのか?!」
「うん、見たことはあるんだけど…」
「うわー地味にショック…」
「ご、ごめんね…」
「いや、謝らなくていいって。改めまして、俺はナギ・ミナツチ。よろしくな」
「ナギ…あ、聞いたことはあるかも」
「はぁ…俺の一方的な片想いだったのか…名前くらい知ってくれてると思ってたのに…」
「ナギ…もう片想い、じゃないよ」
「……マジ?」
「…マジ」
「やべぇ、今なら死んでもいいや」
「顔、真っ赤」
「うっせ」