短編 | ナノ

じゃんけんと負けず嫌い




「エイト、じゃんけんしよう」


なまえは自信満々な笑みを浮かべながら、エイトの前に立ち塞がる。エイトはいきなりなんなんだ、と首を傾げた。


「じゃんけん?」
「そう。じゃんけん」
「いいけど…いきなりなんだよ?」
「いいから!とにかく、じゃんけんしよう!」


腕捲りをするなまえにエイトは渋々応じることになった。そんな二人を0組は怪訝な面持ちで見守る。


「「最初は…」」
「パー!」
「!?」


"最初はグー"のはずなのに、なまえは"最初はパー"と出してきた。それに対し、エイトはグーをつき出している。それだけを見ればなまえが勝ちということになるが、これは紛れもなくズルだ。しかしなまえは悪びれる様子もなく、エイトに向けてニヤリと笑う。


「私の勝ちだね」
「……いや、それ狡いだろ」
「狡い?最初がグーとは限らないでしょ?」
「な、」


エイトは唖然とした。確かに、なまえの言う通り、最初がグーとは限らない。だからといってこんな騙す形で勝って、なまえは満足なのだろうか…いや満足だからこそ、勝ち誇ったような笑みをエイトに見せつけたのだ。
エイトは拳を握る。してやられた、というのはこんなにも悔しいものなのかと。


「よーし、次はナイン辺りかな」
「なまえ、勝ち逃げは許さないぞ」
「え」
「もう一回だ!」
「えー…」


そういえば、エイトは負けず嫌いだった、となまえは思い出す。正直、ここでエイトに再度挑まれるとは思ってもいなかった。エイトなら笑って、そういう手があったのか、と言われるだけだとなまえは思っていた。
エイトの目が何だかメラメラ燃えているような気がしないでもない。なまえは肩を落とし、じゃんけんの構えをとった。


「じゃー三回勝負。それでいい?」
「ああ」
「最初はグー、はやめとく?」
「いや、それでいこう」


やられたらやり返す、倍返しだ!とエイトの表情が物語っている。エイトに挑戦した私が馬鹿だったとなまえは後悔した。
適当に出して適当に勝ってもらおう、となまえは深く考えずに口を開いた。


「「最初は」」
「グー」
「チョキ」


なまえはグー、エイトはチョキを出していた。まさか勝ってしまうとは思わず、なまえはエイトをちらりと見る。エイトはチョキを出した自分に後悔しているような、そんな表情をしていた。


「………」
「あー…えと、私、一勝かな?」
「いや、さっきのを入れて、二勝だ」
「え?さっきのポイントされるの?」
「まだ、あと一勝残ってるだろ。次はオレが勝ってみせる」
「あ、はい、勝ってください」
「なまえはヤル気ないのか!」
「ひえ?!あ、あります!すみません!」


熱くなるエイトに、なまえは顔を引きつらせる。周りに助けを求めようと、顔を向けても、皆知らん顔をしていた。仲間とは一体、となまえは絶望を感じた。
ここまできたらエイトから逃れられない。なまえは負けることだけを考えた。


「「最初は」」
「グー」
「チョキ」


なんでまたチョキを出すんだ!と突っ込みたくても今のエイトには突っ込めない。エイトはチョキを出した右手首に、左手で握り、悔しそうにチョキを見つめていた。
どうしよう、負けたかったのに、逆に勝ってしまった。なまえはおそるおそるエイトに話し掛ける。


「え、エイト…ほら、たかがじゃんけんだしそんな熱くならなくても…」
「……たかが…?」


どうやらなまえはエイトの地雷を踏んでしまったようだ。なまえが気付いた時にはもう手遅れで、エイトは眉間に皺を寄せながら、なまえに詰め寄った。


「たかが、というがこれはれっきとした勝負だ。そうだろ?」
「そ、そうですが…」
「勝負事にたかがもされどもないだろ!」
「あの、エイト、落ち着いて…」
「…なまえがこんなにじゃんけんが強いとは思わなかった。正直、じゃんけんを馬鹿にしてたよ」
「(私も馬鹿にされてたように聞こえるのは気のせいかな)そ、すか…」
「だけど、もう馬鹿にはしない。じゃんけんがこんなに深いものだとは思わなかった」
「う、うん、それはよかったね…」
「なまえ!もう一回、チャンスをくれ!次こそオレが、勝つ!」


たじたじになるなまえと燃え上がるエイトを、0組は他人事のように眺める。エイトが負けず嫌いだと知っていたのに、あそこまでエイトを燃え上がらせたなまえが悪い、と0組全員が思うのだった。


((最初は))
(グー)
(チョキ)
((………))
(なまえ!グーばかり出してオレを馬鹿にしてるのか!)
(エイトこそなんでチョキばっかりにこだわるの?!私もう負けたいからパー出してよ!)
(負けたい、と言うのか…オレは納得しないぞ!)
(わかった、わかったから…真剣にやるから…)
((最初は))
(パー)
(グー)
(だからなんでそこでチョキを出さないの?!)
(くっ、裏の裏をかいたのに…さすがだな…!)

(負けにいってるように見えるのは僕だけか?)
(いや、あれは本気のようだな)
(マジかよコラァ。俺もエイトとじゃんけんしてぇ)
(やめておいたほうが身のためですよ。なまえの二の舞になりたいのなら止めはしませんが)
(……やっぱやめとくわ)