短編 | ナノ

盗んだ僕のハートを今すぐ返してください




「……え?」


目の前にいるのはあの有名な0組の人。
いきなり現れたと思ったら開口一番、盗んだ僕のハートを今すぐ返してください、ときたもんだ。びっくりしないわけがない。
しかも相手は0組で、誰だか知らないがすごく真剣な表情だった。これが冗談だったら私は笑えただろうか…いや笑えるわけがない。
聞き返してきた私に、彼はまた上記のことを口にした。


「………」
「………」
「盗んだ僕のハートを」
「三回も言わなくていいです聞こえてますから」


そう突っ込みを入れても相手は未だに真剣な表情で私を見ていた。こんな端正な顔で言われたら女子はイチコロだろう。斯く言う私もその一人なのだが。
しかし彼の突然の言動に自分の身に何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。


「………」
「………」
「……あのー…」
「………」
「えー…と、そのー…」
「………」


いつまでその表情で見てくるのだろう。恥ずかしいからいい加減私から目を反らしてほしい。
目を泳がしながら私は必死に考える。
彼はあの有名な0組の人で、今私に盗んだ僕のハートを今すぐ返してくださいと言っていて…私、いつの間に彼のハートなんか盗んじゃったんだろう。今すぐ返せるのなら返したい。ていうかハートってどんな意味だよ。どう解釈すればいいのかわからない。これは自惚れていいのかな。


「ぼ、僕のハートを、かか返して、ほしいんだけど、なぁ…」
「え、あ、はい。えーっと、ハートってどんな物ですか?」
「…ハートはハートだけど…」
「え?だからハートって…え?」


全く意味がわからない。ハートを返してってどう返したらいいんだ。私そんなハートなんて持ってないし。
困る私に彼は何故だか泣きそうな顔になっている。どうすればいいのか、と考えた末、本人に聞いてみるのが一番手っ取り早いと判断した私は彼に話しかけた。


「あの、ハートを返す前に少しいいですか?」
「えっ、ハート返されちゃうの?!」
「えっ、いやだってハート返してくださいって…」
「そ、そっか…」
「……で、少し伺いたいんですけど」


今度はかなり落胆している。
そんなにハート返されたくなかったのかな。いやそれよりも。


「ハートって所謂心のこと、でいいんですよね?」
「…うん」
「私は盗んだ覚えはないんですけど、あなたは私に盗まれたんですよね」
「あの、敬語やめてほしいなぁ…なんて」
「………」
「………」
「…わかりま、…わかった」
「あっ、あと僕の名前、ジャックだから」
「…ジャックね、私は」
「なまえだよね」
「………」


さっきまで落胆していた彼、もといジャックは敬語のくだりあたりからいつの間にか笑顔になっていた。ついでにドヤ顔だ。
なんで私の名前を知ってるんだとジャックをジト目で見る。その視線に気付いたジャックは何故か頬を赤らめた。本当に意味がわからない。


「…そ、そんなに見つめないでよー」
「見つ…見つめてなんかない!ていうか、どこまで話したか忘れたし!」
「盗んだ僕のハー」
「あぁ、そうだった!ハートがどうとかだったね。で、もうこの際はっきり言うけど、ジャックは私が好きなの?」
「!」


ジャックのその驚いた顔を見て私は固まる。まるで、なんでわかったの!?と言いだしそうな顔だ。
ジャックは驚いたあと、また顔を赤らめて照れ始めた。うん、その姿すごいかわいい。じゃなくて、そんな顔されたら私まで恥ずかしくなるじゃないか。


「………」
「…えーと…」
「あの、さ。やっぱりハートって返されちゃう?」
「え…」
「僕としては盗まれたままのがいいなぁって、思うんだけど」
「うっ…」


こういうときどう返したらいいかわからない。私にとって今のこの展開は今まで生きてきたなかで衝撃的な展開である。まさか私がこんな0組のかっこいい人のハートを盗めることができたなんて思いもしなかった。
悩む私に、ジャックは私の返事をじっと待っている。いやちょっとこれは、悩むほどでもない、かもしれない。


「…わ、私の」
「うん」
「は、ハートを、盗まれたみたい」
「え?」
「ジャックに!」
「………」
「………」
「(なにこれ恥ずかしすぎる!よくジャックはこんなこと言えたな…!私には無理!もう無理限界!)…ごめん!」
「あっ、ちょっと!」


私は返事を聞かずに走り出した。
あんな恥ずかしいセリフを言えるジャックは素直に凄いと思った。呆然とするジャックを置いて私は逃げるしかなかった。



次の日、ジャックから正式に交際を申し込まれました。
ジャックの発言が0組のトレイとキングからの入れ知恵だったと知るのはもう少し先のこと。

(まさかあんな展開になるなんて予想外でしたね)
(ああ…まさかあのセリフで落とせるなんて思わなかったな)
(普通の女性なら引きそうなものを、ジャックだからこそ効き目があったかもしれません)
(…あの女が普通じゃないんじゃないか。返事がジャックのセリフと被ってたしな)
(……そうかもしれませんね)