短編 | ナノ

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彼女宣言から程なくして、故郷から帰還命令が下された。あぁやっと帰れる。そう思いながらも頭の片隅にはあの憎たらしい男の顔がちらついて離れない。アイツは一体何を考えているのだろう、と荷造りをしながら考える。


「なに?お前任務?」
「!?」


バッと後ろを振り向けば頭の後ろに両手を組んで、壁にもたれているナギの姿があった。こいつピッキングしやがった!そう気付くのに時間はかからなかった。


「…不法侵入しないでくれる?女の子の部屋なんだからノックぐらいしたらどうなの」
「いいじゃねぇか、彼女なんだし」


ケロッと言ってのけるナギに自分の中で何かが切れる音がした。あの彼女宣言をした日からこいつはずっと、彼女なんだし、と言ってそばを離れなかった。クリスタリウムでも任務でも部屋にいるときでも。自分が一人になれるのはいつも寝る前だけ。それ以外はほとんどこいつに時間を奪われて、故郷のために何もできなかった。そのせいで朱雀の情報もたったプリント100枚程度しか集まらなかった。
ワナワナと怒りに手が震える。


「…あんたのせいで、私全く勉強に集中できなかったんだけど」
「あぁ、そりゃわりぃ。けど、俺がいたって勉強はしようと思えば出来ただろ?」
「これから行く任務に支障が出るかもしれないでしょ!」
「何をそんなに怒ってんだよ」


ツカツカと歩いてきて自分の頭に手を乗せる。だからあんたのそういう行動が癪に触るんだ!そう吐き出してナギの手を払い落とす。今まで溜まってきた感情が爆発して一気に吐き出されていく。


「そもそも彼女ってなに?付き合うってなに?好きだから付き合うんじゃないの?好き同士だから付き合うんじゃないの?…それなのにナギは半ば強制的に返事させたよね、本当はあんたは私のことどうでもいいんでしょ?」
「………」
「別に私はナギからどう思われていようが知ったこっちゃない。なのにあんたは毎回毎回、彼女なんだしっていって私のそばを離れない。あんたが私を疑ってんのはわかってんの。でも残念、私は確かに魔法は使えないけど今までの任務だって成功してるし、朱雀の候補生に誇りを持ってる。朱雀のためだったら死ぬ覚悟だってできてんだよ!」


息を荒くさせて全部を吐き出す。その中に嘘をたくさん並べて、最後には朱雀のためなら死ねるなんてことも言えるようになってしまった。誇り?朱雀の候補生が?よくもまぁそんな嘘を吐けるようになったものだ。自分で自分を褒めてやりたい。
もうこいつと関わるのだって今日が最後。一応ナギは私の彼氏ってなってるんなら、別れの言葉でもかけてあげようじゃないか。


「…ナギ、別れよう。私、もうあんたに振り回されたくない」
「………」


ナギの顔を見ることはできなかった。顔を見たら、いけない気がしたから。自分の荷物を持って部屋を出ようとする。ナギと擦れ違ったとき、突然ナギがグッと腕を引いてきた。いきなりのことにバランスがとれず引かれるがまま、ナギの腕の中へと引き込まれる。手から鞄が落ちてガタンと大きな音がした。


「ちょっ?!」
「…俺ならお前のこと大事にするって言ったこと、忘れたわけじゃねぇよな?」
「は…?」
「お前が白虎の手先だっての、知ってんだぜ」
「!」


耳元で囁くように言うナギに身体全体が凍りつく。白虎の手先だっていつ気付いた?いつ、気付かれた?頭の中が真っ白になっていく。


「い、いつから…?」


やっとのことで絞り出せた声は驚くほど震えていて、自分の声じゃないような気がした。


「俺がお前に告白をした日だ」
「……なんで」
「あの日、俺は白虎の偵察に駆り出された。そのとき、変なことを言う皇国兵がいたんだよ」
「変な、こと…?」


ナギは自分を逃さないと言わんばかりにグッと抱き締める。今まで感じたことのない暖かさに段々落ち着きを取り戻す。


「その皇国兵が言ったんだ。『あの女、帰って来たってどうせ殺されるのにな』」
「………」
「興味が沸いた俺は聞き出した、その女のことを。人間ってモンは仲間にだと案外ペラペラ喋ってくれるんだよな。本当、あの皇国兵には感謝してる」
「な、なんて…?」
「……『中佐の婚約者がその女だったんだけどよ、中佐の愛人がその婚約者を相当恨んでんだよ。だから帰還の命令を下したとき、その女を殺すっつってさ。賞金かけてまで殺させようとしてんだぜ?狂ってやがるよな』」
「………」
「…お前の名前を聞いたとき、そいつを殺しそうになっちまったよ。全く、偵察に来たってのに余計なこと聞いちまったなーって後悔した」


ナギのその言葉に、ショックを隠しきれなかった。確かに自分は中佐の婚約者であり、この任務が終わったら結婚しようとまで言われていた。それなのに。


「それに婚約者がいるのに俺を彼氏にするなんてとんだ浮気者だよなぁ」
「そっそれはアンタが無理矢理っ…!」
「無理矢理?無理矢理だなんて人聞き悪い。承諾したのはお前じゃねぇか」
「そんな…」


承諾したのはナギがしつこくしてきたせいで、そう言い返したかったのに何故かそれができなかった。あのとき、付き合えない理由があるのかと聞かれ少なくとも動揺してしまった。だから承諾するしかなかった、疑われないためにも。それがまさかこんな罠に結び付いていたなんて思いもしなかった。
グッと奥歯を噛みしめ、あのときの自分を恨んだ。ふと、もしかしたらナギは自分を混乱させるために嘘をついているかもしれないという考えが頭の中を過る。
そうだ、今はこいつは自分の敵だ。


「…アンタの言葉なんか、誰が信じるか」
「この期に及んでまだ強気でいる気?」
「敵の言葉になんか惑わされないんだから」
「敵、ねぇ…」


抱き締める力が弱まるのがわかり、直ぐ様ナギから距離をとる。ナギから逃げられるとは思っていない。そばで一緒に任務をこなしてきた自分でもわかる。ならばこの状況をどう突破するか。
頭の中をフル回転させ、突破口を探す。


「なぁ」
「!な、なに…」
「俺お前を捕まえる気なんてねぇんだけど」
「嘘つかないで。そう言っておいて油断させようだなんて、そんな手には乗らないんだから」


キッとナギを睨み付ければ、んな怖い顔すんなってと余裕の笑みを浮かべていて、またそれが憎たらしく思えた。



(2012/7/15)