短編 | ナノ

たとえお前がお前自身を嫌っていても、







私は自分が嫌いだ。どこが?って言われれば全部と答えるだろう。なんで?と聞かれたら顔、性格、全部全部、大嫌いだと答える。上辺だけの友達に気を遣う自分が嫌い、本当はやりたくないと思ってるのに断ることができないから愛想笑いして引き受ける自分が嫌い、嫌われるのが怖くてニコニコしてる自分が嫌い。とにかくこんな自分のことが嫌いなのだ。



「なんかおめぇ、無理して笑ってねぇか?」
「っ!な、なんで?無理なんかしてないよ」



0組との合同演習で突然言われたその言葉。もちろん0組の人たちと話したことはないし、今私と話をしているこの人の名前さえも、私は知らない。金髪でチョコボみたいな髪型で、背が大きくて顔に大きな傷がある男の子。
その子は私の顔を覗き込んでそう言い放つ。今まで言われたことがなかったその言葉に、私は内心ドキッとしてしまった。



「ふーん。ならいいんだけどよ」
「………」



そこで男の子は誰かに呼ばれて走り去る。私はその男の子の背中を見つめた。誰にも気付かれないと思っていた、誰にも気付かれない自信はあった。でもあの男の子はそれをいとも容易く見抜いてしまった。よく、わからない。あの男の子はどうしてそんな風に見ていたのだろう。


その後合同演習は何事もなく終わり、魔導院へと戻る。飛空艇から降りると四人組の女の子たちが私の前に来た。女の子たちは私の組の子で、何しに来たのかは予想がついた。



「なまえさん!これから報告書書きに行くの?」
「うん、そうだけど…」
「そうなんだ!あのさ、悪いんだけど私の分の報告書、作っておいてくれないかな?外せない用事ができちゃって」
「ごめん、なまえさん。私もお願いしていい?」
「私もいいかなぁ?」



四人組の女の子たちは最初こそ申し訳なさそうに頼んでくるが、本当は知っている。私が断れないのを知っていて、わざと頼んでいることを。だけど嫌われたくない私はそれを引き受けてしまう。今回も、これで何回目かはわからないが引き受けることになる。
私は笑って、いいよ、と言おうとしたその時。



「ちょっと待てコラァ」
「!」
「あ、あんた0組の…」



私の前に誰かが現れる。私はその人の背中を見つめ、上を見上げる。この声は演習中、私に声をかけてきた男の子だった。その男の子が前にいるからか四人組の女の子たちが見えない。



「報告書は自分で作成するモンだろオイ。人に頼んで自分は楽しようってか?アァ?」
「う、うるさいわね。あんたには関係ないでしょ!」



ごもっともだ。私は慌ててその男の子を止めようとしたが、それは叶わなかった。自分の後ろにいろとでも言うのか腕を横に出して、私を前に来させないようにする。



「こいつが嫌がってんだろコラァ!」
「!」
「はぁ?」
「どこが嫌がってるって言うのよ!」



女の子たちは未だ食い下がる気配がない。私だったらこんな男の子に一喝されたらすぐ逃げるのに、女の子たちは複数いるからか逃げずにぶつかっている。私はこの状況をどう打破すればいいのか、試行錯誤していると誰かに肩を叩かれた。



「なまえ、さんですよね?」
「え、あ、はい」
「ナインがすみません。でも、このまま見守っててくれませんか?」
「え…」



そう言うと黒髪の女の子は微笑んで、ナインと言われる男の子の隣に移動した。一体、何がなんだかわからない。



「私はあんたに用はないの。なまえさんに」
「あなたたち、報告書くらい自分で書きなさい」
「!」



黒髪の女の子がピシャリとそう言うと、女の子たちはバツが悪そうな顔をしてその場から立ち去った。それを見て私はホッと胸を撫で下ろす。黒髪の女の子はくるりと私に振り返り、私を安心させるかのように微笑んだ。



「もう大丈夫ですよ」
「は、はい…ありがとう、ございました」
「わたくしはほとんど何もしていませんから」



ナインがあなたのことを心配そうに見ていたので、と黒髪の女の子が言うと、ナインと呼ばれた男の子が勢いよく振り返る。一瞬、目があった気がしたがナイン、くんは声をあげた。



「クイーン!余計なこと言うんじゃねぇよコラァ!」
「だって本当のことじゃないですか」
「なっなな、何言ってんだオイ!俺はただ、ああいう連中がムカついただけで」
「文句は後で聞きますから。それではなまえさん、何かあったらナインに何でも言ってくださいね」
「えっ!」
「あ、まっ、話はまだっ…!」



クイーン、と呼ばれた女の子は私とナインくんを置いて、1人歩いて行った。なんとなく気まずい雰囲気が私とナインくんを包む。何を言っていいかわからない私は顔を俯かせる。
どうしたらいいんだろう…でもクイーンさんが言った通り助けてくれたのはナインくんだし、お礼、言わなきゃ…。でもなんて切り出したら──。



「だ、…」
「!」
「…大丈夫だったかよ」
「あ、は、はい。あの、助けてくれて、ありがとうございました…!」



ナインくんに向かって勢いよく頭を下げる。ナインくんの表情は見えないけど、ナインくんはおぅ、と小さく呟いたのが聞こえた。



「………」
「………」
「…いつまで頭下げてんだオイ」



そう言われ戸惑いながら顔をあげて、目だけをナインくんに向ける。バチッとナインくんと目が合うと、お互い気まずそうにそらした。



「本当に、ありがとう、です」
「…おぉ」
「じゃ、じゃあ、私はこれで」
「あ、ちょっ、待てよ!」



このままお礼だけを言ってこの場を後にしたかったが、それは叶わなかった。ナインくんが私の手を握っていたからだ。



「え!?」
「えっ、あっ、わ、わりぃ…」



すぐ手は離され、心臓がバクバクと大きく脈を打って私はナインくんを見上げる。ナインくんの顔は心なしか赤い。ナインくんは頭をガシガシとかいたあと、私を真っ直ぐ見つめた。



「その、お前、さ…自分のこと、嫌いだろ?」
「…そんなこと」
「作り笑い、してんだろ。…俺がわかるくらいお前下手だぜコラァ」
「………」



ナインくんがわかるなら他の人も気付いているのだろうか。もし気付いていてもナインくんみたいにわざわざ言ってこないだろう。大抵の人はそんなことどうでもいいはずだから。なのにどうしてナインくんはわざわざ言うの?そんなの、私は。



「…だから、何ですか。作り笑い、だって気付いたところであなたには関係ないじゃないですか!あなたに、私の、なにがわかるって言うんですか!?」
「………」
「私は今までずっと、こうして生きてきたんです。これからもこうして生きていく、はずだったのに、どうして今さらそんなことを言うんですか?私なんて放っておけばっ…」



本当はこんなこと言うつもりなんてなかった。でも気付いたら勝手に喋りだしていて、きっとナインくんはこれを聞いて嫌な気持ちになるだろう。でもそれでいい、私は1人でも生きていく。ずっとそうだったから、今までも、これからも。



「ゴチャゴチャうっせぇなオイ」
「!」



そう言われたと同時にワシャ、と頭を鷲掴みされ、大きな手が私の頭をスルリと優しく撫でた。突然のことに私は目を丸くさせてナインくんを凝視する。ナインくんは至って普通な表情をしていて、今の話聞いてた?と呆然としてしまった。



「んなこと俺からしたらどうでもいいんだよバーカ」
「ばっ…」
「お前見てっとなーんかモヤモヤするっつーか…とにかく、考えすぎなんだよコラァ」
「……だって」
「自分が嫌いなら好きになるよう変わりゃいいじゃねぇか」
「変わる…」



簡単に言ってくれる。私だって何回変わろうとしたか、ナインくんにはわかんないんだ。そう吐き捨てるとナインくんはめんどくせぇ奴だな、と呟いた。わかってるよ、自分でも、めんどくさい奴だって。



「私、本当に自分が嫌い」
「あ?」
「今だって、せっかく話を聞いてくれてるのに、ひねくれたことばっか言って…昔からこんな性格だから、変わろうと思ってもどう変わればいいか、わかんないし…」
「………」
「結局、変われない自分が惨めで…変われないのならもうこのままこうして生きていくしかないって」
「あー!ウジウジすんなよコラァ!」



ナインくんが苛立ってるのがわかる。そりゃそうだろう。こんなこと言われたら誰だって苛立つに決まってる。聞いてくれてるナインくんに申し訳なくて、自分が情けなくて、鼻の奥がツン、となり目頭が熱くなった。



「ご、ごめ」
「なまえ、よーく聞けゴラァ!たとえお前がお前自身を嫌ってても、お前の分まで俺が、お前を愛してやるから!」
「……え?」
「だから、〜〜っ!な、なんかあったらなんでも言え!俺がいっから!わかったかコラァ!」
「え…え?」
「返事は!」
「は、はいぃ!」



半ば強制的と言ってもいいだろう。私が勢いよく頷くとナインくんは顔を真っ赤にさせたまま、走り去っていった。ナインくんの言葉に脈が速くなっていて、顔に熱が集まるのがわかった。



「つまり、ナインはあなたのことが好きだったのですよ」
「えっ!?」
「あぁ、失礼しました。私はトレイと言います」
「あ、いえ、」
「あなたのこと、ナインからよく聞いていました。随分前から気になっていたようですよ」
「な、ナインくんが…ですか?」
「えぇ」



私とナインくんのやり取りを見ていたであろう、朱のマントを纏ったトレイくんが私に話しかけてきた。いつから聞いていたのかはわからないが、この口ぶりだと最初から聞いていたのだろう。そうわかるとさらに恥ずかしくなった。穴があったら入りたいくらいだ。



「ナインのこと、よろしくお願いしますね」
「え?!」
「あなたは優しい人ですから、ナインも好きになったのでしょう」
「そ、そんな」
「ではまた近いうちにお会いしましょう」



そう言うとトレイくんは爽やかな笑顔をして歩いていった。近いうちに、という意味はどういうことだろう。


その意味がすぐわかるなんて、私もナインくんも思いもしなかっただろう。




(今日から0組に異動となったなまえだ)
(よ、よろしくお願いします…)
(!なっ、おまっ)
(ナインの知り合いか?)
(は?!)
(そうらしいですよ)
(オイコラトレイ!てめぇっ)
(そうか、ならなまえの席はナインの隣だ。ナイン、いろいろ助けてやるように)
((えぇ!?))
(………)
(………)
(…あ、あの)
(おう!?)
(……よ、よろしく、ね)
(おっ、おう!)
(なにあの二人)
(ふふ、微笑ましいですね)
(クイーン、何か知ってるの〜?)
(えぇ、色々と)
(へぇー!教えて教えてー!)
(ふふ、秘密、です)



(2012/5/30)