短編 | ナノ

溢れるほどの愛の花束を君へ






いつの話だっただろう。まだまだ僕らが幼かった頃のような気がする。幼い頃から僕となまえは一緒にいて、なまえは少し夢見がちの女の子だった。いつもいつも、どこから見つけてきたのかわからないが童話の本を持ってきてよく僕に聞かせてくれた。それを読んでいるなまえの顔は本当にキラキラと輝いていて、幼いながらもかわいいなぁ、なんて思っていたものだ。
そんななまえももう夢見がちな女の子じゃなくなっていた。いつの間にか現実を真剣に見るようになった。僕の一歩先を歩いて、まるで王子様のように僕を助けてくれて、僕よりなまえのほうが男らしくなっていた。護られてばかりで情けなくなった僕は、よくエイトに頼んで鍛錬に付き合ってもらったりした。それでもなまえは僕を護ろうと一歩先を歩いていくんだ。



「なまえ!」
「うん?どしたの、エース」
「…なまえはなんで僕より先に行くんだ」
「え?」



僕より先に行くなまえに疑問を持った僕は、勇気を振り絞ってなまえに聞いてみた。なまえは僕の質問にしばらく沈黙したあと、目を細めてはにかんだ。



「護りたい人を護って何が悪いの?」
「護りたい、ひと?」
「そ、エースに傷付いて欲しくないからさ」



なんで君はそんなに男らしいんだろう。僕より男らしくなってしまうなんて、なんか腑に落ちないじゃないか。いつかは僕が、なまえを護ろうって心に決めていたのに。



「なまえはもうあの夢を諦めたのか?」
「夢?あぁ、小さい頃の?」



幼い頃、なまえが言っていた。いつかどこかの王子さまに護ってもらうんだ、真っ赤な薔薇をたくさん抱えた王子さまに出会うんだって。その王子さまを、自分からなってどうする。王子さまは僕がなるはずだったのに、これじゃあ僕がお姫さまじゃないか。



「もう夢を見るのはやめたの。いつまでもそんなこと言ってられないし」
「…そう、か」



そう言うなまえが凛々しくて、男の僕でもかっこよく見えた。
それでもいつまでも護られるわけにはいかない。今度は僕がなまえを護るんだ。そう意気込んだのは良いものの、何をどうすればいいのかわからなかった。そうだな、まずはなまえより先に前を行って敵を倒そう。なまえのことも目を離さずに、いざとなったらすぐ助けられるように。

そう決意した日から、僕はなまえに護られる側から、護る側へと行動を起こす。なまえを盗み見たらかなり驚いた顔をしていて、この行動をして正解だと思った。
無事ミッションも成功に終わり、残党がいないか街を徘徊しているときだった。何かを見つけたジャックが僕の肩を叩いて、声をあげる。



「ねぇねぇエース!あそこすごい綺麗だねぇ」
「!、あれは…」
「花屋、かなぁ?それにしてもすごい量!なんかあそこの家だけ浮いて見えるねぇ」



ある一軒家から色とりどりの花が顔を覗かせていた。そしてひとつの花が僕の目に止まる。幼い頃になまえが言っていた薔薇の花だ。僕は自然とその家に近付き薔薇を手にとる。僕に気付いたおばあさんが、にっこり笑って近付いてきた。



「綺麗だろう?」
「!…そうですね」
「…欲しいかい?」
「え!?」



おばあさんの顔へ視線を移すと、おばあさんは笑いながらそう顔に書いてあったんだよ、と付け足した。



「誰かに贈るのかい?」
「いやそんなんじゃ」
「いいねぇ、私も若い頃、おじいさんからたくさんの薔薇を贈られたものだ」



その話を聞いて、僕は童話だけだと思っていた。現実にそういうことをする人がいるとは思わなかったから。おばあさんは昔のことを思い出しているのか、空を仰いで後ろに手を組んだ。



「この薔薇、持っていきなさい」
「…でも」
「薔薇の花言葉を知っているかい?」
「………」
「薔薇の花言葉は、私はあなたを愛する、赤色の薔薇は愛情を意味するのさ」
「………」
「…好きなだけ持っていくといい」



そう言うとおばあさんは奥の部屋へ消えていった。ジャックはそうなんだー、と感心そうに薔薇をとって匂いを嗅いでいる。愛情、私はあなたを愛する、おばあさんから聞かされた薔薇の花言葉が僕の頭の中で木霊する。なまえは幼い頃から薔薇の花言葉を知っていたのだろうか。だから、あのとき…。



「…?エース?」
「薔薇をもらっていく」
「え?!ま、まぁおばあさんもああ言ってたからいいかもしれないけど…またなんで?」
「…少し、な」



僕は懐から今の所持金全部を奥の部屋に続く扉に置く。ジャックは腕を組んで首を傾げているなか、僕は持てるだけの薔薇を抱えてそのお店を後にした。

街を歩くと、町人や朱雀兵から注目を集めていた。徘徊は集合時間までに広場に集まることになっている。広場に着くと僕とジャック以外は皆もう集まっていて、僕を見るなり驚きの声をあげた。



「え?!ちょ、なによその薔薇!」
「わぁ〜!綺麗だねぇ〜」
「オイオイ、なに拾ってきてんだよ?!」
「薔薇ですか、薔薇とはですね」
「いや今はそんな解説いらないから」
「エース、一体どうしたんだ?」



皆が口々に言うなか、僕は真っ直ぐになまえのところへと歩いていく。なまえはその薔薇を凝視して、どうしたの、と恐る恐る聞いてきた。



「なまえにあげようと思って」
「えぇ!?」
「よく、聞いてくれ。…幼い頃、なまえが僕に夢を言ってくれたこと覚えてる?」
「……うん」
「僕は護られる側は嫌だ、特になまえから護られるなんてもっと嫌だ」
「………」
「だから護られる側なんかじゃなくて…これからは僕がなまえを護る側になりたいんだ」
「………」
「……僕は、なまえが好きだから」



そう言うと0組の皆は目を点にさせて、それから嘘ー!?だのマジかよ!?だのどよめく声が辺りに響いた。肝心のなまえは顔を薔薇みたいに真っ赤にさせて両手で口元を覆っていた。



「受け取って、くれる?」
「………ありがとう」



なまえは真っ赤な顔をさせて抱えきれないほどの花束をなまえに渡す。たくさんの薔薇を抱えたなまえがはにかみながら、エースはやっぱり私の王子さまだね、と呟いたのを僕は見逃さなかった。



「なまえは僕にとって、幼い頃からお姫さまだったよ」
「!は、はずいこと言わないで!」



薔薇に顔を埋めるなまえに、僕は薔薇ごとなまえを強く抱き締めた。




溢れるほどの愛の花束を君へ



(2012/5/7)