短編 | ナノ

すぐ大人になるから待ってて









0組のクラサメ隊長が好きだ。
毎日話したいがためにクラサメ隊長を探しては挨拶ついでに世間話をする。
それが楽しくて楽しくてしょうがなかった。
クラサメ隊長は相槌をうってるだけだけどね。

この前なんか感極まってクラサメ隊長に好きだと告白してしまった。
告白した後は頭が真っ白になりその場から逃げ出したが次の日恐る恐るクラサメ隊長に挨拶すると普通に返されてしまった。

あれ私告白しましたよね、とクラサメ隊長に聞いたらそうだな、と普通に返ってきてたまげたものだった。
そうだな、と返ってきた後もいつもと変わらず普通に世間話をして別れた訳なのだが。



「断られてない…」



そう、断られてないのだ。
クラサメ隊長から直々に。
普通告白されたら答えを返すよね。
なんだ遠回しに断られてるのか遠回しにオッケーなのか全くわからない。



「オッケーなわけないでしょ」

「……ですよね」



0組の友人、ケイトは容赦なくバッサリと言った。
いや私もわかってるんだよでも夢くらい見てもいいよね、と言ったら馬鹿じゃないの、と返ってきた。
馬鹿とは心外だ。



「答え聞けばいいじゃない」

「こ、怖くて無理…!」

「世間話は普通にしてたくせに」



グサリ。
ケイトの言う通りだ。
どうして世間話はできるのに告白の答えは聞けないのだろう。
ああそうか世間話は毎日毎日してたからもうそれが当たり前になってるからか。

でも答えを聞いたところで断られる。絶対。



「候補生じゃなければな…」

「え、なまえそれマジで言ってるの?」

「うん、割とマジで」

「叶えてあげようか?」



ケイトはゲッと声を出し、私の後ろを凝視した。
私は振り返るとカヅサさんが腰に手を当てにっこりと素晴らしいスマイルを浮かべて立っていた。
この人いつの間に居たのだろう。



「あんまり関わんないほうがいいわよなまえ」

「うんわかってるよ」

「なまえ君、大人になりたくはないかい?」

「なりたいです大人に!」

「馬鹿…」



大人になりたくはないかい?なんて言われてしまったらなりたくないわけにはいかない。
ケイトが頭を抱えて馬鹿と呟いていたがそんなん気にしている暇なんてない。

カヅサさんはニヤリと笑い懐から小瓶を出した。
紫色の液体が私とケイトを映す。
私はそれを見てゴクリと生唾を飲み込んだ。



「これを飲めばたちまち大人になれるよ」

「あ、ありがとうございますカヅサさん…!」

「どういたしまして。…クラサメ君の反応が楽しみだな」

「え?なんか言いました?」

「いや、それじゃ頑張ってね」



そう言ってカヅサさんは私たちから去っていった。
ケイトは本当にやるの?と心配そうに覗いてきた。
私は大丈夫だよとケイトに安心させるように言う。
せっかくのチャンス、これを物にしないわけにはいかない。



「じゃあケイト、私部屋戻るね!」

「わかった…何かあったら無線で呼びなさいよ!」

「ありがとう!またね!」



ケイトと別れ自室へと向かう。
ポケットの中にあるあの紫色の液体は何味なのか。
本当に大人になれるのだろうか。
楽しみな反面不安も多少あるがクラサメ隊長を思うとなんだってできる気がした。



「よし、飲むぞ」



自室に入り鍵を閉めた後、私はカヅサさんからもらった小瓶に口をつけた。









































「………」



クラサメは0組の教室に来ていた。
先ほどまでシンク、ナイン、ジャックの補習に付き合っていたからだ。
提出した小テストの採点をしていると教室の扉が開いた。
もうこの時間は生徒は帰宅しているはず。
生徒以外にここに来る人がいるなんて考えにくい。
クラサメは筆を止めてゆっくりと教室の扉へと目を移した。



「く、クラサメ隊長…?」

「……なまえ、か?」



こくん、と頷く目の前の女性はなまえにとても似ていた。
というか顔はそれほど変わっていない気がするがなんというかどこか大人っぽくなったような気がする。

少しだけ背が伸び、顔もいつもの幼さがない。
雰囲気からして自分と同じ歳くらいだろうか。

今朝と違うなまえにクラサメは少しだけ戸惑いを見せた。



「……その姿どうしたんだ?」

「…わかるんですか?」

「今朝と雰囲気がだいぶ違うからな」

「そうですか…」



俯くなまえに目をそらさずに見ていると、なまえは急に顔を上げてクラサメに向かって歩き出した。
教卓の前まで来ると、眉を下げて何かを呟いた。



「…?何か言ったか?」

「…大人に、なったんです」

「は、」



どういうことだと問い掛けようとした瞬間、クラサメの額に何かが当たった。
今起こった出来事に理解するまで少々時間を要したクラサメだったが、我に返りなまえに反論しようとした。
しかしいつの間にかなまえはクラサメの隣に来ていてしかも手を握られていた。



「なっ」

「隊長、隊長が好きなんです…!」



潤んだ瞳でこちらを見つめるなまえに思わず胸が鳴ってしまった。
昨日も告白されたが、今日まさかこんな形となって告白されるとは思わなかった。

どう返答しようか迷っているクラサメに追い討ちをかけるかのようになまえはクラサメの両手を持ち顔を近付かせた。



「大人になった私は、駄目ですか…?」

「!それ、は…」



クラサメの頭の中は駄目だと繰り返されているが、目の前の大人ななまえならと考えてしまっていた。
クラサメは自分が情けなくなった。

どうしようか考えていると、まずどうしてなまえが急に大人っぽくなったんだと疑問が浮き上がってきた。



「……答えを出す前にひとついいか」

「なんですか?」

「何か飲んだか?」

「え、…カヅサさんに小瓶…はっ!」

「やはりそうか…」



クラサメの予感は当たっていた。
今朝まで子どもっぽかったなまえが急に大人になれるはずがない。
そう冷静に考えればすぐわかるはずだったのだ。

クラサメはなまえの腕を掴みクリスタリウムへと急いだ。
本棚を開けるとそこには待っていましたと言わんばかりに目を輝かせたカヅサの姿があった。



「やっぱりわかったんだね」

「…早く戻せ」

「ああ、もう効き目はなくなっているよ、ほら」



カヅサがクラサメの背後に指を指すと、今朝と同じ子どもっぽいなまえの姿があった。

クラサメと目が合ったなまえは下を俯いて顔を赤くさせた。
先ほど自分がクラサメにやった行為を思い出したのだろう。



「かわいいじゃないか。クラサメ君のために大人になりたいだなんて」

「か、カヅサさん!またあの小瓶くださ」

「やめておけ」

「くっクラサメ隊長…」



まるで犬のようにしゅんとするなまえにクラサメはさっきまで大人っぽかったなまえと重ね合わせてしまいまた胸が鳴った。



「駄目、ですか?」

「…駄目だ」

「そ、ですか…」



肩をガックリ落とすなまえにカヅサはなまえの頭に手を置き耳打ちをした。
カヅサに耳打ちをされたなまえは途端に顔を綻ばせクラサメを見上げた。



「待っててくださいね!」

「?何をだ」

「私が大人になるまでです!」

「!?」



それだけ言うとなまえはカヅサの部屋から出ていった。
クラサメはカヅサを睨みつけるとカヅサは愉快そうに口を開いた。



「嫌だなぁ、そんな睨みつけなくてもいいじゃないか」

「…あいつに何を耳打ちした」

「ふふ、それは教えられないな。彼女が大人になるまで待っててあげなきゃね、クラサメ君?」

「………」



思わず溜め息が洩れる。
当分今日のことはクラサメの頭の中から離れないだろう。
















すぐ大人になるから待ってて



(君の大人になった姿にクラサメ君は惚れてしまったようだよ)
(!)