「…はぁ」


手の中には朱雀の機密情報が書かれた紙が収められている。私は今日これを持ち帰るため、朱雀を出なければならない。でも、朱雀を出たくないと思う自分がいた。


「長く…いすぎたようですね…」


朱雀の人たちは、自身の故郷と一緒で暖かい人たちばかりだった。故郷から聞かされていた情報と、自分の目で見て確かめた情報が違いすぎて、衝撃が走ったのはついこの間のようだ。
あれから2年と半年。私は狙っていた諜報部である9組に指名され、身を粉にして任務を遂行してきた。もちろん、朱雀の機密情報を盗むことも怠らなかった。そしてつい最近、故郷から帰還命令が下された。


「情が移ってしまいましたか…」


ここはあまりにも居心地が良すぎる。そのせいで、帰還命令を下されたことに喜びを感じることができない。ここを離れてしまうと思うと、なんとも言えない寂寥感が私を襲った。


「はぁ…」


今日何度目かの溜め息を吐く。本当は居心地が良すぎるからじゃない。今まで一緒に過ごしてきた、彼の姿が頭の中に浮かんだ。
最初から馴れ馴れしくてやけに世話焼きで煩わしかったけれど、様々な任務を一緒にやるごとに、その彼の魅力に惹かれていった。要は好意を抱いてしまったのだ。


「まさか、こんなことになるなんて…」


まさかこんなことになるとは思いもしなかった。蒼龍の諜報部である私が、朱雀の諜報部の彼を好きになるなんて。異性を好きになるなんて、今までずっとなかったから。


「……はぁ」
「なんだよ、ため息ばっかついて」
「!?な、ナギ!?」
「よぉ」


聞き慣れた声に思わず心臓が跳ね上がる。手に持っていた紙を引き出しにしまい、振り返った。そこにはいつの間に部屋に入ったのか、ナギが椅子に座ってこちらを見ていた。その目は微かだが鋭さを感じる。


「いつから、いたんです?」
「んー…まさか、こんなことになるなんてってとこから」
「……ナギの割に下手くそな嘘ですね」


そう言って笑えば、ナギは眉間に皺を寄せる。あのナギが、私に気を使って嘘をつくなんて、もしかしたら雨が降るかもしれない。
そんなことを思いながら窓を見やれば、空はどす黒い雲に覆われていた。


「………」
「…何か、用があったんでしょう?」
「…あぁ、用、か」
「……躊躇するなんていつものナギらしくありませんね」
「…嘘じゃ、なさそうだな」
「………」
「………」
「嘘で、ほしかったですか?」


彼にそう言うのは少し意地悪だったかもしれない。でも、少しだけ、ほんの少しだけ彼の本心が聞きたかった。
私の言葉にナギは顔を俯かせる。表情が見えない。いや、多分見せないようにしているのだろう。
どんな顔をしているのか気になるけれど、そこまで踏み出す勇気は今の私にはない。黙ったまま、ナギを見つめていると不意にナギが顔を上げた。
その顔は何か決意したような、そんな顔つきだった。


「嘘で…ほしかった」
「…そうですか」
「なぁ…」
「無理ですよ」
「………」
「……最期にあなたに会えてよかった」
「は…?」
「もし、もし来世というものがあったら、そのときはまた一緒に過ごしたい。…そう、願っています」
「な、何言ってんだよ?」


いま、私は上手く笑えているだろうか。目の前にいる彼は目を丸くさせて、ただ呆然としていた。
私は徐にナイフの先をを心の臓に向ける。それに気付いた彼は、目を見開いて手を、伸ばそうとした。


「なまえ!!!」


最後の最期に、名前を呼んでくれてありがとう。あなたと過ごした日々は、死んでも一生忘れません。
そして願わくば、来世であなたと結ばれますように――。

(2015/07/07)
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