仕事



 お互い見つめ合ったまま動かない。仮面の奥にある綺麗な赤色の瞳に見惚れていて、喋ろうとしても口が思うように動かなかった。綺麗、お世辞でも何でもなく本当にそう思った。


「何が綺麗なんです?」
「え、あ…口に、出てました?」
「はい」


 ナツさんはそう言いながらニヤリと口角を上げる。彼は未だに手首を離そうとしない。それどころかさっきより距離を縮めているような、そんな気がした。離れようと少し後退るけれど、ナツさんがぐっと手首を掴んで再び引き寄せられる。
 どうしよう、顔から火が出そうなくらい顔が熱い。心臓もうるさい。掴まれてる手首が熱く感じる。じぃっと見つめてくるナツさんに私はおそるおそる口を開いた。


「ひ、瞳が…」
「瞳?」
「ナツさんの瞳、赤色で綺麗だなって」
「…………」


 言ってしまった。羞恥心が込み上げてきて、私は顔を俯かせる。ナツさんの瞳が綺麗だと本人に言ってどうする。彼が聞いてきたのだから答えたのだけれど、気持ち悪いと思われたかもしれない。ていうか男の人に綺麗って普通に有り得ないだろう。
 そう思っていたら、不意に手首から手が離れる。思わずナツさんを見上げると、何故か頭を押さえて顔を背けていた。


「あの、ナツさん…?」
「あぁいや、何でもないです。俺、お皿片付けてきますね」
「は、はぁ…」


 そう言うなり私が拭いたお皿を重ねておぼんに乗せる。ナツさんが出ていくのを見送ったあと、私は緊張が解けたからか大きく息を吐いた。
 テーブルに乗っているコーヒーカップに目を移す。さっきまで湯気が出ていたのに、冷めてしまったのか湯気は全く出ていなかった。火照った顔を手で扇ぎながら椅子に腰をかける。カップを手に取るとゆっくり口にした。


「甘い……」


 コーヒーにはちゃんとミルクも砂糖も入っていて、ほんのり甘い。
 そういえばナツさんに私が飲むコーヒーの好みを一度も教えたことがないことに気付く。いつも自分で淹れていたから、ナツさん以外の他の人が私の好みなんて知るわけがない。なのにナツさんは、まるで前から知っていたというように、私好みのコーヒーを淹れていた。
 なんで知ってるんだろうと思ったけれど、不思議と気味悪さはない。むしろ少し嬉しいと思う。私の技術ではなく私自身を見てくれる人が増えて単純に嬉しかった。


「…ナツさんてどんな人なんだろ」


 そう呟いたあと、ハッと我に返った私は思いきり首を横に振る。
 何を考えているんだろう。彼は私を暗殺者から護るために来ただけであって、それ以上でも以下もない。仲良くなんて、できないんだ。
 そう思ったら段々気持ちが沈んでいって、私はテーブルに突っ伏した。







 食器を片付けた俺は途中トイレへと立ち寄る。誰もいないか確認したあと、個室に入って便座に腰をかけた。


「…何やってんだ、俺」


 暑苦しい仮面を外して前髪を掻き上げる。無事に潜入できたのはいいけれど、まさか自分の担当があんな子だとは思わなかった。
 皇国で危険な薬が作られていると諜報課の調べでわかった朱雀上層部は、その薬に携わっている者たちの暗殺を諜報課に依頼した。その薬はどうやら人体に影響するらしく、服用してしまえば強制的に強靱な肉体にしてしまうという。それを懸念した朱雀が諜報部員を皇国に送り込み、薬に携わる全ての研究者を暗殺するよう命じた。
 同時期に蒼龍側も、その情報をどこから仕入れたのかわからないが、薬に携わる研究者を皇国から連れ攫っているらしい。朱雀のような暗殺をするのではなく、蒼龍側はその技術を盗もうと目論んでいると諜報課から報告があった。
 俺以外の諜報部員も何人か皇国に潜入している。そのことを忘れないように手帳にも名前を記入していた。しかし、手帳に記されている名前を見ても何人か思い出せない奴がいる。つまりそいつらは皇国に殺られてしまったということだ。多分、そこから情報が皇国や蒼龍に漏れてしまったのだろう。


「俺はまだ運がいい、方かもな」


 そう呟いて後ろに凭れ掛かる。
 研究者の護衛になるためにいくつかの難問を突破してきた。でもそれはほとんど力業だ。本来、彼女を護衛するのは俺ではない誰かだった。だった、ということはそいつは死んだということで、誰がそいつを殺したのかはわからない。でもそのお陰で俺は代理として研究者の護衛につくことができた。
 そして現在、薬の情報を収集しながら彼女を暗殺する機会を窺っている。


「(にしても荷が重いな……)」


 いつもなら必要書類をだいたい盗ったところで殺していた。彼女を見るまでは。


「…もう少し泳がすか」


 はぁ、と重い息を吐き出して仮面を被る。個室を出て洗面所の鏡に顔を向けたら、仮面から見える赤い瞳と目が合った。それを見て彼女の顔がふと脳裏に浮かぶ。
 まだあどけなさの残る彼女が、まさか研究者だったなんて。しかも話を聞いたところ彼女は実績があり、ほとんどの研究者から一目置かれているらしい。自分としてはもっと年老いたおっさんか誰かだと思っていたのに、とんだ外れくじを引かされた気分だ。


「…よし」


 そう言ってトイレから出る。自分とそう年の変わらない彼女ともっと親しくなれば、彼女が持っている知識を盗むことができるのだ。だから、俺は少しでも彼女に近付けるように接する。ただそれだけだ。


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