感謝

 翌朝、起きて早々エミナさんが朝餉を持って私の部屋に訪れた。何やら顔をにやつかせていて、嫌な予感がしてならなかった。
 世間話もそこそこに、朝餉をサッと済ませて身支度を整える。ある程度支度が終わった後、ナギからもらった鈴蘭の髪飾りをつけるとエミナさんが急に「ふふふ」と笑いだした。


「な、なんですか急に」
「ううん、ふふふ、その髪飾り、ナギ君からもらったんだって?」
「そうですけど…え?!なんで知ってるんですか!」
「クラサメ君から聞いたヨー。ナギ君も粋なことをするって」
「粋なこと?」


 そういえばクラサメさんもそんなこと言っていた。何が粋なことをしたというのだろう。考え込む私にエミナさんがゆっくりと手を伸ばしてきた。その手は私の頭に乗せられる。


「?エミナさん?」
「この鈴蘭、綺麗ね」
「…はい。私もそう思います」
「ねぇ、鈴蘭の花言葉って知ってる?」
「え、花言葉、ですか?」


 私はエミナさんを見上げる。エミナさんは目を細めて柔らかく微笑みを浮かべていた。
 鈴蘭の花言葉なんて聞いたことがない。そう思っているのがわかったのかエミナさんはクスリと小さく笑った。


「鈴蘭の花言葉はね、【再び幸せが訪れる】、それと【純粋】。そう言われてるの」
「再び幸せが訪れる…」
「純粋、は確かにあなたによく合ってると思う」


 ふふ、と目を細めて笑うエミナさんに思わず頬をかく。純粋だなんてそんなこと思ったこともないし、言われたのも初めてだ。鈍感だというのはナギに言われたけれど。
 なんて返したらいいのかわからず黙ったままでいると、エミナさんが「もうひとつは」と口にした。無意識に顔を上げる。


「きっと…ナギ君の願いのようなものなのかもね」
「願い?」
「あなたに再び幸せが訪れますように。そう願ってるんじゃないかな、彼は」


 今まで大変だったんでしょう?
 エミナさんがそう言うと同時に部屋の扉が開く。扉の向こうにはナギとクラサメさんが立っていた。


「支度は終わったか?」
「あ、はい、終わりました」
「じゃあワタシたちは先に施設の外にいるから。ナギ君とゆっくりおいで」
「えっ!?」
「おいエミナお前はまた勝手に…」
「いいからいいから!それじゃまたあとでね!」


 そう言い残すとエミナさんはクラサメさんの背中を押して部屋を後にする。残された私とナギは目が合うとどちらからともなく笑みを浮かべた。


「荷物持つぜ」
「え、いいよ、軽いし…」
「俺が持ちたいんだよ」


 ナギは言うなりベッドの上に置いてある鞄を持って振り返る。ふと目線が上に向いてるのを見て、髪飾りを見てるんだなと気付いた。


「やっぱそれ似合ってるなー」
「そ、うですか?ありがとうございます」
「おう、それにして正解だった。さすが俺」


 得意げになるナギに笑いながら、ふとさっきのエミナさんの言葉が頭をよぎる。
 鈴蘭の花言葉は【再び幸せが訪れる】、【純粋】。本当はナギは鈴蘭の花言葉を知っていて、この髪飾りを選んだのだろうか。さすがに本人に聞くのは不粋な気がして、聞けないけれど、もし知っていたのなら何か伝えなくちゃと思った。
 エミナさんが言った通り、ナギが私に【再び幸せが訪れますように】と願ってくれたのなら、それはもう叶ってる。
 今私は朱雀にいて、ナギがいる。これから離れ離れになってしまっても、同じ国にいるのだから会おうと思えばまた会える。私はもう、十分幸せなんだ。


「?なんだよ、じっと見つめて」
「んーん、なんでもない」
「変なナマエだな」
「…ねぇ、ナギ」
「ん?」


 一歩を踏み出す。目の前にいるナギは首を傾げながらも柔らかく微笑みを浮かべていた。


「私ね、今すごく幸せです」
「…おう」
「ナギがいてくれたから。本当にありがとう」
「な、んだよ、急に改まって…」
「ちゃんと伝えなきゃって思って」


 照れ臭そうに笑うナギに、私は爪先を立たせる。


「!?なっ」


 それは一瞬のことだったけれど、ナギには効いたらしく、顔を赤くさせて口元を手で覆っていた。
 私はにやりと笑う。そして、踵を返して鞄を持っていないほうの手を引っ張ると、ナギが驚いたように「うわっ」と声をあげた。


「な、にすんだよナマエ!」
「なんとなく、です!」
「なんとなくって、あぁもう!」


 やられた、そう小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。してやったり、そう思いながらも、自分のやったことが今更恥ずかしくなってきて、私は足早にエミナさんたちのところへ向かった。




「あ、きたきた、こっちこっち」


 要人施設から出た私たちにエミナさんが手を振りながら声をかける。エミナさんのそばには大きなチョコボが一羽だけ立っていた。


「クラサメ君が送ってくれるって」
「あ、そうなんですか、よろしくお願いします」
「なんで一羽だけなんだよ」
「ナマエはチョコボに乗り慣れていないだろ。ナマエ、後ろに乗れ」
「は、はい」
「あらあら、ナギ君そんな顔しちゃって。かわいいのね」
「は、なにいってんすか。別に、なんとも思ってねぇし」
「うふふ、若いっていいわネ」
「エミナ、からかうな」


 私はおそるおそるクラサメさんの後ろに乗る。ちらりと振り向けば、眉間に皺を寄せたナギと目が合った。すごく不機嫌そうだ。


「あの…」
「ナギ君なら大丈夫よ。外局に行っても頑張ってね」
「は、はい。エミナさん色々ありがとうございました」
「いえいえ、お互い頑張りましょ」
「?お互い?」
「あ、こっちの話。ほら、ナギ君は何にもないの?」


 エミナさんに会話を振られ、ナギは眉間に皺を寄せたまま「あんまりくっつくなよ」と一言言うと、クラサメさんにじろりと目線を移す。クラサメさんはそれに気づいたのかはわからないけれど、溜め息を吐いて「しっかり掴まってろ」と言った。ナギの眉間がより一層深くなる。


「ふふ、クラサメ君も大概意地悪だねぇ」
「げっ!?」
「あ、カヅサ。来てたの?」
「あぁ、少し前にね。ナギ君そんな嫌そうな顔しないでよ。いくらボクでも傷つくって。あ、ナマエ君、また魔導院で会えるのを楽しみにしているからね」
「え?!えぇ、そのときはまたよろしくお願いします…」


 いつからいたのか、カヅサさんが涼しい顔をしてチョコボのそばに立っている。ナギは何故か嫌そうな顔をしてカヅサさんを見つめていた。


「なんでお前まで来るんだ…」
「たまたま通りかかっただけだよ。たまたま」
「カヅサさんの言うたまたまは、たまたまに聞こえねぇっすよ」


 そう言ったナギに私も激しく同感した。
 チョコボが小さく鳴く。それを合図に、エミナさんが手をひらひらと振った。


「それじゃあ、あっちでも頑張ってね」
「はい、頑張ります」
「ナマエ君、元気で」
「カヅサさんもお元気で」
「ナマエ…またな」
「…うん、また、ね」


 チョコボが足を蹴る。軽快に走り始めたチョコボに、私はクラサメさんの服をぎゅっと掴んだ。

 走り始めて数分、ちらりと振り向くと魔導院が目に映った。結構距離があるんだな、そう思うけれど不思議と不安な気持ちはない。ナギが近くにいてくれてるような気がして頬が緩んだ。

 私は彼のために生きる。

 風で揺れる鈴蘭を感じながら、そう誓うのだった。


 あなたのためならば、この命惜しくない。そう思えるのは、あなたが私を暗闇から助け出してくれたから。
 だから、あなたのために、私は生きます。それが私の唯一できる、恩返しだから。
 生きる希望を持たせてくれて、本当にありがとう――。

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