誓言

 唇が離れる。どうしようもない羞恥が襲ってきて、目を開けられずにいた。そんな時、額にこつんと何かが当たる。その何かがなんなのか、何となくわかってしまって、ますます目にぎゅっと力を入れた。


「ナマエ」
「…う、は、はい…」
「…目、開けろよ」
「えぇ…」
「目開けねぇともっかいするぞ。今度はすごいの」
「!?」


 えっ、ちょ、すごいのってなんだ?!と内心焦りながら、私は大人しくナギに従うことにした。そっと目を開けると朱い瞳と目が合う。近い、近すぎる。ていうか顔全体が目に映らない。


「………」
「………」
「…やべえ」
「え?…わっ」


 突然ナギが私を抱き締める。何がやばいのか、よくわからないけれど、とりあえず何も聞かないことにした。
 苦しくなるくらいぎゅっと抱き締められる。でもその苦しさがすごく愛おしかった。
 長い沈黙が流れる。ふと、あの写真のことを思い出した私は口を開いた。


「ねぇ、ナギ」
「…んー?」
「…あの、なんで私の写真持ってたの?」
「あぁ…」


 あれかー、と呟くナギに首を傾げる。ナギは私を抱き締めたまま、話し始めた。


「あれさ、白虎から逃げた時避難した小屋のとこで見つけた」
「……えっ、つまりそれって…」
「あの小屋は、ナマエの家だったってこと」
「全然、知らなかった…」
「まぁそりゃそうだろうな」


 あの時は逃げる途中で倒れてしまって、起きたら小屋の中だったから。人の住んでいた形跡はあったけれど、それが自分が住んでいた形跡だったなんて、思うはずがなかった。
 呆然とする私に、ナギが安心させるかのように背中を優しく撫でる。


「渡すの遅くなっちまって悪いな…」
「え…?」
「写真。本当はもっと早く渡したかったんだけどさ…バタバタしてたし…」


 それにタイミングがなぁ、とナギが呟く。なんのタイミングなのかは私にはわからないけれど、でも、今渡してくれて良かったと思った。
 両親はもうこの世にはいないけれど、ちゃんと私はこうして生きていられる。生きていられるのはこの人のおかげだと、伝えることができるから。
 写真なんかで亡くなった両親に思いが届くわけないけれど、でもちゃんと見てくれてるような気がした。


「つーかさ」
「ん?」
「あの時、口移ししてごめんな」
「え?!」
「仕方ないこととはいえ、やっぱ、…なぁ…」
「あ、え、わ、私は全然いい、というか…その、お陰でここにいるわけ、ですし…!」


 なんて言ったらいいのか、混乱してしまう。
 別にナギとするのが嫌だったわけではないし、命を救ってくれたのだからそんな謝ることはない、と思う。
 そう言うとナギはクスクス笑い出した。


「ナマエお前さぁ、ほんっと俺のこと好きなんだなぁ」
「へ?!」
「全然いいって…ふっ、くく、」
「わ、笑わないでくださいよ…」
「悪い悪い、かわいいなーて思ってさ」
「別に、かわいくないです」


 ナギの知り合いの人たちと比べれば、私なんて天と地の差だ。ナギは私のことが好きだっていってくれたけど、どうして私を好きになったんだろう。
 ふとそう思って、ナギに聞こうと口を開いたが、そのまま静かに口を閉じた。好きになった理由をいちいち聞くなんて、うざがられるかもしれない。そう思われるのは嫌だった。


「俺がかわいいって思ってんだからいいだろー」
「そ、ですか」
「ん?どした?嬉しくない?」
「う、嬉しいですよ?ありがとう、ございます…」
「…俺さー、ナマエのそういう謙虚なとことか、真っ直ぐなとこ、好きだぜ」
「えっ」
「あと、意外と勇気があるとこ。臆病者のくせに強がりで、気遣いばっかして、でも人一倍優しいし、努力もしてる。たまにおっちょこちょいなとこあるけどさ」


 これでも結構、俺だってナマエに惚れ込んでるんだぜ?
 そう耳元で囁かれ、顔全体が熱くなる。なんで私が思っていたことに気付くんだろう。ほんと、彼には勝てる気がしない。恥ずかしくて何も言えないでいると、不意にナギが私の顔を覗き込んできた。


「真っ赤」
「……部屋暗いのに、わかるんですか」
「おう、ナマエのことならなんでもわかるしな」
「へっ、へんたい」
「そのへんたいが好きなのは誰だよ?」
「うっ……」
「…ほんと、かわいい」


 そう言うと、ナギの右手が頬を撫でる。そろりと顔を上げると、ナギの朱い瞳と目があった。近づいてくるのに気付いて慌てて目を閉じると、額に柔らかいものが当たった。


「…?」
「ん?口がよかった?」
「なっ!?」
「俺も口がよかったんだけどさー、…さすがに限界」
「え…?」
「またキスしたらもう止められる自信ないからさ」


 だって好きなやつと二人っきりで夜でベッドだぜ?俺だから我慢できるけど、普通の男だったら即アウトだって。
 そう言われて、やっと気付いた私は沸騰してしまうかと思うくらい身体に熱が集まった。なんて声をかけていいかわからずにいると、ナギが不意に立ち上がる。そしておもむろに写真を手に取り、私に顔を向けた。


「ナマエは俺がもらいます。必ず幸せにするんで、見守っててください」
「!」
「…てことが言いたかっただけ。ナマエ…明日から離れちまうけど、時間見つけて遊びにいくから」
「あ、遊びにって…」
「ま、外局ってとこまだ潜入したことないからなんとも言えねぇけど…絶対会いに行く」
「……うん…」
「それにCOMMもあるし!これで連絡は取れっから。失くすなよ」
「ん、ありがとう…」
「おう。……んじゃま、名残惜しいけど、今日は帰るな」
「……な、」
「襲われてもいいならここにいるけど?」
「うっ……」
「……ぷ、冗談だよ、さすがに今日はやめとくって。また余裕があるときにな」
「よ、余裕があるときっていうのも、おかしいと思うけど…」
「はは、それもそうだな。……じゃあ、またな」
「う、ん…また、ね」


 繋がれていた手が離れる。ナギは寂しそうに笑って、私の頭を優しく撫でた。


「おやすみ、ナマエ」
「おやすみ…ナギ」


 寂しくなった手を握り締めながら、私は部屋を出て行くナギを見送った。


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