接吻



 明日の朝、私は外局に移動する。外局がどういうところか説明されていないけれど、アレシアさんの子どもがいることはわかった。でも、いろいろと気になることがある。
 アレシアさんの子どもってどんな子なんだろう?外局ってどういうところなんだろう?どうしてアレシアさんには私が他の子よりも魔力が長けてるとわかったのだろう?
 説明不足なまま外局に移動するのは少し不安だ。朱雀にとどまれる事は嬉しいけれど、このままどうなってしまうのか、全く先が見えなかった。


「…はぁ」


 数少ない荷物をまとめながら、溜め息を溢す。すべての持ち物は鞄ひとつで収まり、時間もかからなかった。あとはもう寝るだけだ。
 ベッドの中に潜り込んで目を瞑るけれど、眠れる気配は全くない。頭も妙に冴えてて、私はまた息を吐き出した。


「あ…そういえば…」


 ふと今日ナギのくれた袋を思い出す。ナギは今日、髪飾りともうひとつ、何かをくれた。まだそれを見てなかったことを思い出して、私は体を起こした。
 机の上に置いてある袋を手に取る。そして、その中身を取り出した。


「!これ、って…」


 2匹のクァールが向き合っている絵の真ん中に、一枚の写真が入れられている。その写真には、男の人と女の人、そして間に子どもがいて、幸せそうに笑みを浮かべていた。
 男の人と女の人の顔は、写真が汚れたせいかほとんど見えなくなっている。でも、その間の子どもははっきりと映っていて、子どもの髪の毛には私がナギにあげたチョコボの髪留めに似たものが付けられていた。


「もしかしてこれ…私…?」


 こんな写真撮った覚えがない…いや、覚えがなくて当然かもしれない。両親はとうに亡くなっているのだから、覚えていなくても不思議ではないのだ。でも、どうしてこの写真をナギが持っていたのだろう。いつどこでこんなものを…。


「よっ」
「!うぎゃっうぶ」
「しー!静かに!」


 いきなり声をかけられて叫びそうになるのを誰かの手で口元を塞がれる。聞き慣れた声におそるおそる振り返ると、そこにはいつの間に部屋に潜入したのかナギが口元に人差し指を立てている姿が目に入った。


「いいか、騒ぐなよ?」
「…ん、ん!」
「よし」


 私が何度か頷くとナギはホッと安心したような顔をして、私の口元から手を離す。私は心を落ち着かせるように大きく息を吸って吐いたあと、ナギに目を向けた。
 窓から差し込まれる月の光がナギの顔を照らす。私と目が合うと、ナギはふっと柔らかく微笑んだ。その姿が妙に艶かしくて、心臓が大きく跳ね上がる。


「なっ…ナギ…、こんな夜中に、どうしたの?」
「ん?いや、ナマエの顔が見たくてさー」


 ナギはそう言いながら、私の頭に手を伸ばす。ナギの大きな手が頭に乗ると、優しく頭を撫でた。ひとつひとつの動作に、顔が熱くなってきて思わずナギから顔をそらす。しかしナギは、そうはさせまいと私の顔を覗き込んできた。


「な、なに…?」
「なんで顔そらすんだよ?」
「だ、って恥ずかしいし…」


 恥ずかしいのはもちろんだが、ナギとの距離が思いの外近いのだ。今までそれなりに至近距離で話すことはあったけれど、だからといって慣れるはずがなかった。
 覗き込んでくるナギに私はとうとう手で顔を覆う。これなら見られないだろう、ちょっと卑怯かもしれないけれど。そう安心していたのに、呆気なく手を取られてしまった。


「隠すなよー?」
「う、うぅ…」
「なぁナマエ、顔、あげてくんね?」


 耳元で囁かれ、顔に熱がどんどん集まっていく。そんなこと言われたって、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。それに今顔を上げたら、この真っ赤になっているであろう顔を見られてしまう。また私をからかって笑う気だ。
 しかし、ナギはそう言ったあと、黙りこくったままで、なんで黙ってるんだろう、と思いながらそっと顔を上げてみた。


「!」
「お、やっと顔あげた」
「な、な、ち、ちか…」
「俺さー、ナマエに言うことあったんだった」
「言う、こと?」
「そ。やっぱりちゃんと伝えておかなきゃいけねぇよなって」


 コツン、とナギの額が私の額に当たる。鼻がくっつくくらいの距離に、私は頭の中が真っ白になった。離れようにも手を拘束されて動けないし、動こうにもナギの言葉が気になって動けない。朱い瞳から目をそらすことができないまま、私はナギの言葉を待った。


「ナマエ」
「…は、い」
「………」
「………」
「…好きだ」
「………」


 その言葉を聞いた瞬間、鼻の奥がツンと痛くなる。ただ好きと言われただけなのに、何故瞼が熱くなるんだろう。何故目の前が霞んでくるんだろう。


「…ナマエ?」
「ふっ、あ、あい…」
「え、なに、なんで泣いてんの?!」
「わか、んない、です…なんか、泣けっ、ちゃうん、です…」


 自分でもなんで泣けてくるのかわからない。
 ナギが私を好きだと言ってくれたから?明日、ナギと離れなくちゃいけなくなるから?
 目の前で泣かれて、困るのはナギなのに、涙はとめどなく溢れ出てくる。嬉しい気持ちもあれば、明日離れ離れになってしまう悲しい気持ちもあって、自分ではどうしようもできなかった。


「…な、ナマエ」
「っ、ん…?」
「ナマエは俺のこと、どう思ってる?」
「ん、す、好き…」
「…そっか」
「ナギの、こと、…好き、だよ…っ!」


 だから、離れたくないよ。
 そう言おうとした刹那、唇に柔らかいものが当たった。それが何かわかった私は、そっと目を閉じた。


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