ナギが帰ったあと、私は朱雀兵に促されて要人施設へと戻る。部屋に入るとすぐに鏡に向かった。 「!、わぁ…」 鏡に映る髪留めを見て思わず声を上げる。私の頭にはかわいい鈴蘭が付けられていた。髪留めというより髪飾りに近い。こんなかわいいものをくれるとは思わなくて、しばらくそれを眺めていた。 そこへ不意にノック音が部屋に響く。 「は、はい!?」 「失礼するぞ」 扉を開けて入ってきたのはクラサメさんだった。側にはエミナさんではない知らない女の人もいる。異様なオーラを纏うその女の人に、思わず後退りしてしまった。 「初めまして」 「は、…初めまして…」 「私はアレシア・アルラシア。魔法局局長を務めているわ」 「はぁ…」 そんな偉い方がどうして私のところに?偉い方が訪問するのであれば事前に通達があっても良いはずだ。 頭の中が疑問符でいっぱいになる。おそるおそるクラサメさんを見上げると、クラサメさんの眉がピクリと動いた。 「…ナギから聞いていないのか?」 「え?ナギからですか?いえ、何も聞かされていないですけど…」 「……はぁ」 私がそう言うとクラサメさんは呆れたように溜め息を吐く。もしかして、ナギはこのことを知っていて、私に伝えなくちゃいけなかったのだろうか。でも、そうだとしたらなんで言わなかったんだろう。ただ忘れていただけ?いやでもナギがこんな大切なこと、伝え忘れるはずがない。 そう違和感を感じているとクラサメさんの声が耳に入った。 「聞かされていないのなら仕方ない。ナマエ」 「はい」 「明日からお前は外局に引き取られることになった」 「は、はぁ…」 外局とはどういうところなのか、さっぱりわからないけれど、引き取ってくれるというのなら少し安心だ。このまま朱雀に引き取られず白虎に帰されるのかと少なからず不安だったから。 ホッと安堵していると、不意にアレシアさんが動いて私の目の前で立ち止まった。その威圧感に思わず息を呑む。 「あなたは明日から私の子どもたちと過ごしてもらうわ」 「そ、うですか…」 「魔法の知識等はその子たちから教えてもらいなさい」 「はい…」 「あなたはどの子よりも魔力に長けてる…きっとすぐに慣れるわ。頑張りなさい」 「あ、ありがとうございます…」 それだけ言うとアレシアさんは踵を返して、そのまま部屋を後にする。それを見送った後、クラサメさんを見上げればクラサメさんは私の少し上を見つめていた。何を見ているのだろう、と首を傾げる。 「…その髪飾り、ナギからか?」 「えっ、よ、よくわかりましたね」 「ふっ、あいつも粋なことをする」 「?」 「こちらの話だ。では明日、外局へ移動する準備をしておけ。朝餉の後、迎えに来させる」 「わ、わかりました」 クラサメさんはそう言って私の部屋を後にした。 クラサメさんたちが出て行ったあと、力が抜けたようにベッドに腰をかける。そしておもむろに髪飾りを取ると、両手に持ってそれを見つめた。 「……ナギ」 ナギの優しい笑みが頭に浮かんで、私は鈴蘭の髪飾りを優しく握りしめた。 ◇ ナマエと別れた俺は足早で部屋に向かう。柄にもないことをしたと自分でも思ってる。ナマエが気が付かなければそれでいいと思っている自分もいれば、本当は気付いてほしいと思っている自分もいて、なんだかこそばゆく感じた。 「あ、ナギ君」 「!、か、カヅサさん…」 顔を上げると両手に本を抱えているカヅサさんが目に映った。その姿に嫌な予感がしながら、小さく会釈して通りすがろうとしたけれど、カヅサさんが目の前に立ち塞がる。顔が引きつるのを感じながら、じろりと目線を上げた。 「今猫の手を借りたいほど忙しくてね」 「そうっすか。俺は急いでるんで一人で頑張ってください」 「あーあ、ナギ君にいいこと教えてあげようと思ったんだけどなぁ」 その言葉に自然と足が止まる。露骨な誘い方に不信を抱いたが、カヅサさんの情報は意外と役に立つことが多いのも確かだ。どこで仕入れてくるのか謎だけど。 俺はおもむろに振り返りカヅサさんから本を数冊取る。 「研究室に運べばいいんすよね」 「えっ、ちょっとそれだけ?!」 「行きましょうか」 「いやいやもうちょっと持ってよ!」 カヅサさんがそう言うのを背中で受け止めて、俺は研究室へと足を向けた。 研究室に入ると本を机の上に乗せる。カヅサさんも大量の本を机の上に乗せると、疲れたのか勢いよく椅子に座った。 「やっぱり力仕事は向いてないよ…」 「手伝ってあげたんでいいこと教えてください」 「休ませてよ、もう…」 そう言いながらカヅサさんは脚を組む。そして、眼鏡のブリッジを押し上げると俺に目線を向けた。 「ナマエ君が行く外局のことなんだけど」 「…何かわかったんすか」 「それがどうやらアレシア局長に子どもがいるらしいんだよ」 「あの人に、子ども…?」 アレシア局長に子どもがいるなんて全く見えない。むしろ子どもなんて興味がないと思っていた。それに相手がいたとも思えない。 しかし、そんな人に子どもがいたというのは貴重な情報だ。どこでそんな情報を手に入れたのか気になる。 「あぁ、どこでその情報が手に入ったかは聞かないでくれよ」 「いや俺これでも諜報部の人間ですし気になりますって」 「悪いけど企業秘密さ」 「…まさか殺めたりしたんすか?」 「やだなぁ、ボクがそんな野蛮なことをすると思うかい?ちょーっと新開発中の薬を使ってみただけさ」 「…………」 その言葉を聞いて第六感が働く。自分の身が危ない気がして、俺は素直に口を噤んだ。そんな俺を、カヅサさんは目を細めて頷く。 「うんうん、素直な子は好きだよ」 「……あの人の子どもは何人いて今何歳くらいなんすか」 「ん?それがさー、何人いるかその子たちが今何歳なのかわからないんだよね。でも、子どもは複数いるらしいよ」 「複数…?」 「ボクの手に入れた情報は残念だけどここまで。さ、そろそろクラサメ君が要人施設から帰って来る頃だ。ナギ君、手伝ってくれてありがとね」 カヅサさんはそう言うと研究室から追い出すように俺の背中を押す。カヅサさんの情報が頭の中をぐるぐる回る中、研究室の隠し扉が静かに閉まる音が耳に入った。 [*前] | [次#] [戻る] |