訪問



 ふぅ、と一息ついた頃には既に日は暮れていて、気付けばご飯の炊くいい匂いがしてきた。目の前にある資料をまとめて束にする。あとはこれを提出するだけだ。研究者と言うけれど私は専ら薬について調べることが専門で、作るのは私とはまた違う研究者だ。もちろん作ろうと思えば作れるけれど、それなりの器具が揃っていなければならない。失敗すればこの研究所が消し飛ぶことも、可能性としては無くはないのだ。
 それに、私は何故か薬を作る側に行かせてもらえない。だから予想される症状や状態を調べて、それを作る側の研究者に渡して、効果の有無の結果を教えてもらってまたそれを向上、改善させるために調べて、と結構二度手間なことをさせられていた。作る側に居ればその場で改善できるかもしれないのに、何故かそれに私は参加させてもらえなかった。

 束にした資料を見ながら溜め息を吐く。その時突然私の背後からナツさんの声が耳に入った。


「お疲れですか?」
「ぅおう!?なな、ナツさん!?」
「くっ…だから何ですかその返事は」


 慌ててナツさんに振り返ると、口元に手を当てて笑いを堪えるナツさんが目に映る。驚くのも無理はないだろう。何せいきなり背後に現れるのだから、そういうのに慣れていない私が驚かないわけがない。いや、それ以前に、ナツさんが気配を消すのが上手いのかもしれない。
 心臓が大きく脈を打つのを落ち着かせようと深呼吸する最中も、ナツさんは私から顔を逸らして肩を震わせていた。彼はいつまで笑っているつもりなのだろう。
 そこへ不意に扉をノックする音が聞こえる。


「!」
「あ、はい!」


 私が答えると、扉がゆっくりと開いた。


「今平気か?」
「か、カトル様!」


 部屋に踏み入れる彼に私は椅子から立ち上がり、カトル様に駆け寄る。カトル様は私を見て少しだけ目を細めた気がした。


「どうなされたんですか?」
「いや、調子はどうかと思ってな」


 そう言いながらカトル様は辺りをぐるりと見回す。そして顎に手を当てて「それより」と言い私に視線を向けた。


「随分片付いたな」
「え?あっ、これは私ではなくてナツさんが…」


 私がナツさんの方へ顔を向けるとナツさんはカトル様に向かって一礼する。カトル様はナツさんに視線を移し「そうか」と呟いた。


「貴様が昨日からナマエの護衛を任されているという兵か」
「はっ、ナツと申します」
「…ナツ、か。これでもナマエは皇国の貴重な研究者だ。くれぐれも宜しく頼む」
「お任せください」


 カトル様は私の頭の上に手を置きながらナツさんにそう口にする。ナツさんは胸に手を当てて言うとカトル様は小さく息を吐いた。見上げるとカトル様とちょうど目が合う。ふとカトル様の顔を見て、私はハッとある事を思い出した。


「あの、今度の研究の資料が出来上がりましたので、カトル様に見てもらいたいのですが…」
「もうできたのか。持ってこい」
「はい!」


 私は踵を返してさっき出来上がった資料の束を手に取り、カトル様にそれを渡す。カトル様はそれを受け取り、パラパラと流しながら中身を見たあとフッと笑った。


「相変わらず作業が早くて助かる」
「いいえ、私のやれることといったらこれくらいしかないので」
「十分だ。だが、あまり無理はするなよ」


 そう言って私の頭を優しい手つきで撫でる。その行動に顔に熱が集まるのを感じながら、口元に力を入れてにやけるのを堪えていたら、パッとカトル様の手が離れた。


「資料は確かに預かった。また来る」
「は、はい!お願いします!」


 そう言いながらカトル様はちらりとナツさんに目線を送ったあと、研究所から出ていく。カトル様が出ていって扉が閉まると、私は大きく息を吐いた。


「はああぁー…」
「……相当緊張されてたんですね」
「そ、そりゃ緊張しますよ!相手はあのカトル様なんですから!」


 両手を握り締めて力説する私にナツさんが苦笑する。そんなナツさんを見てふとナツさんに問い掛けた。


「ナツさんは緊張しなかったんですか?」
「…もちろんしましたよ。カトル准将は色んなところで有名ですからね」


 そりゃそうだろうな、と思いながら私は机に向かう。調べることは調べたし、後は結果を教えてもらうまでやることはない。どうしようかと頭を捻っていると、また扉の叩く音がした。私が返事をする前にナツさんが扉を開ける。


「食事だ」
「はっ」


 ナツさんがおぼんを手に取るのを見て、私は直ぐ様テーブルの椅子に腰をかける。扉を閉めて私に振り返ったナツさんがプッと吹き出した。


「な、なんですか」
「いえ、準備がよろしいなと思いまして」
「……ナツさんって私のこと少し馬鹿にしていますよね」
「そんなことありませんよ。ナマエ様の思い過ごしです」


 くすくす笑いながらおぼんをテーブルの上に置く。今日のおかずはお魚ずくしだった。むすっとなる私を他所に、ナツさんはお椀にご飯を装い私の前に置く。


「…いただきます」


 そう言ってナツさんをちらりと見れば、ナツさんは口元に手を当てていた。


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