彼女



 ナギに誘導されてカウンターの席に座る。その隣にナギが腰をかけた。ちらりとナギを盗み見ると、心なしか頬が赤く染まっていた。


「あの〜…」
「ん、あー悪い、あの人は以前諜報部にいた人で」
「ナギの元上司ってところだな」
「元上司、さん」
「はぁ、あのさ、口を挟まないでくんない?ややこしくなるから」


 いつの間にドリンクを用意してくれたのか、カウンターに二つのグラスを並べる。元上司さんはニヤニヤした顔でナギを見ていて、ナギは片手で頭を抱えた。


「やっぱ来るんじゃなかったぜ…」
「そんな水クセェこと言うなよ。俺とお前の仲だろう?」
「そのニヤニヤした面殴りてえ」
「わははは!いやすまんすまん、つい顔がにやけちまうんだよ」
「笑いたきゃ笑えよ」
「ナギ、お前……」


 突然神妙な顔をしたと思いきや、ナギが元上司さんに目を向けた瞬間、元上司さんは盛大に噴き出した。


「いっ、一丁前に照れやがって!まだまだかわいいとこあるんだなぁ!」
「うっせぇ!マジで殴る!表出ろコラ!」
「彼女の前で物騒なこと言うんじゃねぇよ、なぁ?」
「えっ」


 突然話を振られ、思考が停止する。こんなとき、どう答えていいかわからず硬直していると、元上司さんがまた笑い出した。ナギはもう呆れ顔でグラスに口をつけている。


「なるほどな。だからナギが気に入るわけだ」
「だからもうその話はいいって」


 ナギは不貞腐れたように言い捨てると、空になったグラスを元上司さんの前に差し出した。それを見て、私も恐る恐るグラスに口をつける。
 グラスに入っていたのはグレープジュースで、さっぱりしてて美味しかった。そんな私を他所に、ナギと元上司さんが話し始める。


「話はそれとなく聞いてるよ」
「やっぱおっさんのとこにも来てたのか」
「まぁここに諜報部の連中が来るからなぁ。聞いてもないことをなんでも言いやがる」
「そりゃあんたが元諜報武官だったからだろ」
「はは、そうだろうな」


 ちょびちょび飲みながら二人の会話に耳を傾ける。ナギの元上司であるこの人は諜報部の武官だったのか。だから貫禄あるのかと一人納得していたら、元上司さんが私に顔を向けた。思わずグラスを持つ手に力が入る。


「今更言うのも何だが、ナギを助けてくれて、本当にありがとう」
「え…」
「こんな奴だが、俺にとってはかわいい後輩なんだ。いや、息子みたいなもんか?」
「あんたの息子になんかなりたくねぇよ」
「そう言うなよ、お父さん悲しいぞ」
「気色悪いこと言うな!」
「…ふふ」


 二人の掛け合いが面白くて、つい笑ってしまった。ナギがじとりとした目線を私に向ける。元上司さんが目を細めて「急に笑ってどうしたんだ?」と話しかけてきた。


「いえ、仲が良くて羨ましいなって」
「おっさんと仲が良くてもなぁ…」
「俺はナギのほうが羨ましいぞ」
「はあ?」
「そうなんですか?」
「あぁ、なんせこんな可愛い彼女がいるんだからな」


 その言葉にカァっと顔が熱くなる。いや、私別にナギの彼女でも何でもないのに。さっきも"彼女"って言ってたけど、本当そんな間柄じゃないのに、ナギはなんで否定しないんだろうか。
 そう思っていると、不意に肩を掴まれ引き寄せられた。


「やらねーからな」
「!?」
「ははは、言うねぇ」


 驚いてナギを見上げると、ナギはフッと微笑みを浮かべた。







「ありがとうございました」
「あぁ、またいつでもおいで。お嬢さんなら大歓迎さ」
「じゃ達者でな、おっさん」
「おう、また彼女と来いよ、ナギ」


 ナギの元上司さんは、私たちが見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
 お店を後にした私たちは行くあてもなく街中を歩く。お店では終始元上司さんがナギをからかっていたけれど、ナギは慣れているのか軽くあしらっていた。
 まだお昼過ぎだからかそれなりに人がいて、街中は賑わっている。ナギとはぐれないようにしないと、と意気込んでいると不意に右手を掴まれた。


「わっ」
「こうすればはぐれないだろ?」


 まるで私の考えていたことがわかっているかのように言うナギに、私は小さく頷くことしかできなかった。
 街中を歩くこと数分、ナギは足を止めてあるお店へ視線を向ける。それにつられて視線を向けると、可愛らしいアンティークショップが目に入った。


「ちょっとあそこ寄っていいか?」
「え、あ、はい。いいですよ」
「あ、ナマエは店の外で待っててくれ」
「わかりました」


 そう返事するとナギはそのお店へと入っていく。繋がれていた手が離れることに物寂しさを感じながら、外からお店の中を覗き込む。お店の中は小物から大物まで、様々なアンティークで溢れていた。
 何を買いに来たんだろう。そんなことを思いながらナギの姿を探す。ナギは何かを持っていて、こちらからは死角となって見えなかった。
 やがて大きくも小さくもない袋を持ってナギがお店から出てきた。


「悪いな」
「いえ、何を買ったんですか?」
「ん?…秘密」


 そう言って人差し指を口元に持ってくる。それが凄く様になっていて、見惚れてしまった。ハッと我に返って頭を横に振る。勿体振るナギにモヤっとするけれど、それを深く追及する権利など私にはない。でも、気になる。
 そんな私を他所に、ナギは右手をとってまた歩き出した。


「こ、今度はどこに行くんですか?」
「今度は、そうだなー。あそこかな」
「あそこ?」


 指を指したその先は、女の子が周りに沢山いるお店だった。何のお店か尋ねると、どうやらアクセサリーショップらしい。道理で女の子が沢山いるわけだ、と納得しているとナギが「行くぞー」と手を引っ張った。


「って、え!?今からあそこ行くんですか!?」
「あぁ、そうだけど」
「な、なんでですか!」
「なんでって、ナマエの髪留め選びだよ」
「髪、留め…」


 そういえば自分の髪留めをナギにあげたことを思い出す。わざわざ髪留めなんていいのに、そう思いながらもナギに言えずに、私たちはアクセサリーショップへと入った。


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