思惑



 クラサメ士官に呼ばれた俺は今、何故かカヅサさんといる。研究所で二人きりになるのは俺が拒否したため、サロンのソファに座っていた。じっと見つめてくるカヅサさんから目を逸らしながら、早くクラサメ士官が来ることを祈る。つーかなんでこの人がいるんだよ。


「ナマエ君との授業はどうだい?」
「はあ、まぁぼちぼちです。てか授業っていうもんじゃないですけど」
「手取り足取り教えてあげてるの?」
「だからその言い方やめてくださいって」


 いつまでそのネタを振るつもりだとじと目でカヅサさんを見る。相手がげんなりしていることくらいわかってるくせに、そう言ってくる辺り、相手を困らせたくて仕方ないのだろう。こんな人とよく相手をしていられるな、と心の中でクラサメ士官に同情した。
 その時、魔法陣からクラサメ士官が現れる。クラサメ士官は俺たちに気付くと歩み寄ってきた。


「待たせたな」
「やぁクラサメ君、仕事お疲れ様」
「ども」


 クラサメ士官に軽く頭を下げると、クラサメ士官は小さく頷く。そしてカヅサさんの隣ではなく、俺の隣に腰を掛けた。カヅサさんの笑顔が突き刺さる。


「どうしてボクの隣に座らないんだい?」
「それで早速本題だが」
「無視しないで欲しいんだけど」


 カヅサさんの言葉を華麗に無視しながらクラサメ士官が話し始める。無視されることに慣れているのか、カヅサさんは肩を落として口を閉じた。


「ナマエの処分が決まった」
「!、ナマエの処分ってどうなるんすか!?」
「ナマエは外局に引き取られることになった」
「外局…すか」
「外局と言えば魔法局の施設だよね。またどうしてそこに?」


 外局というのは魔法局の施設で、どういう施設なのか詳細は全く明かされていない。その詳細を明かすため、上層部から諜報部に依頼が来たが、誰も近付かせないようにしているらしく、中で何が行われているのか謎に包まれたままだ。そんなところに何故彼女が行かなければならないのか、俺は納得いかなかった。
 カヅサさんの言葉にクラサメ士官は口を開く。


「アレシア局長から直々の申し出があったらしい」
「魔法局局長直々?それはまた大層なことだね」
「な、なんでそこで魔法局局長が出てくるんすか?ナマエと何の関係があるっていうんですか」


 魔法局局長とナマエの関係性が全く想像つかない。そんな大層な人が何故ナマエを引き取るのか、何のために引き取るのか、俺が納得できるような説明が欲しい。しかし、俺の問い掛けにクラサメ士官は首を横に降る。


「そのことについて、私は何も聞かされていない。ただそう通達するよう命じられただけだ」
「…そんなんで納得できるかよ!俺が直接聞いて…!」


 勢い良く腰を上げて駆け出そうとするが、クラサメ士官に腕を掴まれてしまう。ジロリとクラサメ士官に視線を向ければ、真剣な表情をしたクラサメ士官と目が合った。


「落ち着け、ナギ。これは既に決定事項だ。お前が行って聞いたところで何もならないだろう」
「…………」
「そうだよ、ナギ君。残念だけど上からの命令を覆すことはできないし、行くだけ無駄足さ。それにね、ナギ君」


 カヅサさんはそう言って、眼鏡のブリッジを上げる。何が言いたい、そう思いながらカヅサさんを見ていると、ふと周囲からの視線を感じた。目だけで辺りを見回すと、サロンにいる候補生が俺たちを白い目で見ている。


「君もまだ上から疑われてるって、この前話したばかりじゃないか」
「…そう、ですけど」


 ナマエの面倒を見る前、カヅサさんから俺が上層部から疑われていることを教えてもらった。白虎出身者であるナマエを連れてきたからだ、と。上層部は俺が白虎に寝返ったとかなんとか疑っているらしい。諜報武官がそれを真っ向から否定してくれて、そんなに大事にはならなかったけれど、候補生の間では色んな噂が飛び交っていた。
 俺はそんなの気にするほどヤワではないし、もともとこういうのだって慣れてる。日常生活に支障が出れば何とかしなければならないが、今のところそれもない。でもカヅサさんに、疑いが完全に晴れるまで目立つ行動はやめたほうがいい、と忠告されたことが脳裏をよぎった。


「ナギ、上層部がお前をナマエの世話係にした意味、わかるか?」
「?、ナマエの唯一の知り合いだからじゃないんですか?」
「…もしナマエがおかしな行動をとったとき、お前が彼女を手にかけられるか、見極めるためだ」
「は……」
「最も、ナマエは今のところ部屋から一歩も出た形跡も、出る気配もなく、疑うだけ無駄だったようだが」


 クラサメ士官の言葉に呆然とする。上層部が自分をナマエの世話係に任命した意味なんて、全く考えてもいなかった。ただナマエの一番身近な存在だから、と安易に考えていたが、全く意味が違っていたなんて思いもしないだろう。
 もしナマエがおかしな行動を取っていたとしたら?俺が彼女を殺さなければ、上層部から完全に敵と見なされ処分を下されていたのだろう。上層部の思惑を甘く見すぎていた。


「クラサメ君、そんなことまで話してもいいのかい?」
「ここまで話さなければこいつも納得しないだろう」
「そうかもしれないけど、まぁでもナギ君!彼女が魔法局に行く前に、言いたいことは言っておきなよ」


 カヅサさんはそう言って、腰を上げる。クラサメ士官も俺の腕を解放したあと、腰を上げて俺の肩を叩いた。


「ナマエは明後日の朝、外局へ移動する。そのことを彼女に伝えておけ」
「…わかりました」


 俺は俯いたまま、返事をすることしかできなかった。


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