ご飯のいい匂いがして目を開ける。見慣れない天井をボーッと見つめたあと、ハッとなって飛び起きた。 「お、起きた?」 「!?わ、私、あの後って…」 「あぁ、がっつり寝てたな」 「…………」 ナギの言葉に項垂れる。お腹が満たされただけですぐ寝るなんて、お子様にも程がある。その姿を見られてしまったことに羞恥心でいっぱいだった。その上、寝顔見られたのも恥ずかしい。皇国に居た時も寝顔を見られていたけど、ナギに対する感情がその時よりも違うから尚更だ。 一人悶々しているところに、いつの間に居たのかナギが私の顔を覗き込む。ギョッとして思わず後退ると、ナギはクスクスと小さく笑った。 「そんな怯えなくてもとって食いやしねぇよ」 「ちがっ、い、いきなり現れるからです!」 「足音でわかるだろ」 そう言うとナギは突然私の頭をわしゃわしゃとしだす。何するんだ、とナギを睨みつける私にナギは自分の口元を指差して口を開いた。 「よだれ、ついてる」 「!?」 「ははっ、うそうそ。ついてねぇよ」 「なっ、もう!からかうのはやめてください!」 「いやーナマエってからかい甲斐があるからついな」 「意地悪!」 「おー、意地悪上等。あと前髪ハネてるぜ」 「またからかうつもりですか!」 「いやこれはマジだって!」 にやにやしながら言うナギに、私は半信半疑で洗面所へと向かう。洗面所の鏡を見るとナギの言う通り、前髪が見事にハネていた。顔がみるみるうちに赤みを帯びていく。ナギのペースにはまりすぎて自分が情けない。 私は水を出して前髪を濡らしてハネを抑えようとする。しかし、頑固なことになかなかその寝癖が直らない。いっそのこと頭ごと全部突っ込んでやろうかと思っていると、後ろからナギがぬっと現れた。 「うぎゃあ!?」 「ぶはっ!う、うぎゃあって…」 「なな、ナギがいきなり現れるからですって!」 「悪い悪い。寝癖直った?」 「…今から頭ごと突っ込もうかと思っていたところです」 「つーことは頭を全部濡らさないと直らないってことか…ちょっとじっとしてろよ」 「え?わっ」 ナギはそう言うなり私の頭に両手を伸ばす。どうやら髪の毛を触っているようで、何してるんだろう、と思いながら目を伏せていると「よし」という声が聞こえた。 顔を上げるとナギが鏡を指差す。鏡に顔を向けると、寝癖のついていた前髪は私がナギにあげたチョコボの髪留めで留めてあった。 「これ…」 「貸してやるよ」 「え?」 「今はもう俺のもんだからさ」 ナギはそう言ってニッと笑う。男にとっては可愛らしい髪留めなのに、俺のもん、と言ってくれたことにくすぐったい気持ちになった。 「そんじゃ、飯食うか」 「はい」 そう言ってぽんぽんと頭を軽く叩いたあと、ナギと私は洗面所を後にした。 ◇ ご飯を食べ終えた私たちは宿屋を出て町の外に向かう。町は相変わらず賑わっていて、なんだか私だけが場違いなような気がした。 やがて町の出入り口に着くと、一羽の黄色い鳥が佇んでいるのが見えた。あの鳥、家にあった絵本で見たことがある。名前は確か――。 「ちょ、こぼ?」 「おっ、正解。よく分かったな」 「…………」 間近で見るのは初めてで、呆然としてしまう。意外に大きいし、その体で体当たりされたら痛そうだ。 今からこれに乗るのだろうか。そう思いながらナギに振り返ると、ナギは首を縦に振った。いやいや、まさか。ナギにはテレポという便利な魔法があるじゃないか。 「いやーテレポで移動したいのは山々なんだけど、朱雀領内では特別なことがない限りテレポを使うなって言われてるからさ」 「えっ、そうなんですか?」 「ん、魔力の消費も激しいし、それに頻繁に使うと誰がどこで見てるかわかんねぇから」 それはつまり、瞬間移動ができる魔法を敵に知られたくないということだろうか。ナギの言葉に黙ったままでいると、ナギはチョコボの手綱を持ってひょいとチョコボの体に乗った。そして、私に手を差し伸べる。 「ほら、行くぞ」 「あ、は、はい」 その手をおそるおそる握ると、ぶわっと体が浮いた。反射的に目を閉じてしまう。とん、と額に何か当たって、そっと目を開けるとナギの服が目の前にあった。ふと顔を上げればナギが私を見下ろしていて、思いの外距離が近かったことに思わず顔を逸らす。 というか、この乗り方って…。 「な、なんでこんな格好なんですか!」 「え?やだった?」 「やだって言うか、恥ずかしいです!」 「まぁいいじゃん。お姫様みたいだろ?」 「お、お姫様って…!」 「あ、てことは俺はナマエの王子様だなー」 「えぇ!?」 突然何を言い出すんだとナギを見れば、ナギはにやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。顔に熱が集まるのを感じていると、ザッと音がして体が揺れる。慌ててナギの体に抱き着くと、真上からクスクスと笑う声が耳に入った。 「いやーナマエから抱き着いてくるなんて大胆だなー」 「いっ、今のは不可抗力ってやつで…!」 「そのまま掴まってろよ。乗り慣れてない奴は大抵落とされるから」 「えっ」 「あ、今は俺がいるから落ちねぇけど、念には念を、だ。分かったか?」 「…………」 有無を言わせないという感じのナギに、私は仕方なくナギの腰に腕を回す。できるだけ顔を見られないように俯かせていると、ナギの右手が私の腰をぐっと自分に引き寄せるのを感じた。 ちらりとナギを見上げれば、少しだけ赤く染まってる頬が見えて、私は緩む口元をきゅっと引き締めた。 [*前] | [次#] [戻る] |