過誤



 お盆を持って部屋を出た俺は、はぁ、と大きく息を吐き出した。
 ナマエが話してくれたことを、俺は今でも鮮明に覚えている。何故なら人生で初めて女の子を好きになったからだ。
 確かに笑った顔が似ていると思ってはいたけれど、まさかあの時の子がナマエだったなんて思いもしないだろう。偶然か、はたまた必然か。偶然にしちゃ出来過ぎているような気がするが、どちらにしろ、俺は二度、同じ人を好きになったということは間違いなかった。


「あー…何なんだよ本当」


 扉の前で腰を下ろして頭をかく。あの時はまだ本格的に諜報部が出来る前だった。
 白虎の調査のついでに寄ったメロエの町で、迷子の女の子を見つけた俺は、何故か放っておけず声を掛けた。自分と変わらない年の子だったからかもしれない。
 それで、声を掛けて迷子だと聞いて、親の特徴を教えてもらった。彼女の親の存在を今は覚えていない。なのに、何故その時俺は彼女の親のことがわかったのだろうか。
 確かあの時の任務は白虎の調査と、ある人物の情報をかき集めることだった気がする。その人物が思い出せない。思い出せないということはそいつはもうこの世にはいないのだろう。でも、何かが引っかかる。俺はあの時、迷子のナマエの親をどこかで見たことがあったから彼女を連れて――。


「……なるほどな」


 不意に頭の中にかかっていた靄が晴れる。
 メロエの町で調査中、子どもを探しているという女がいた。俺はそれを遠目で見ていただけで、関わろうとは思わなかった。任務外のことは極力避けたかったのもある。それがたまたま、女の子どもだろうナマエがいて、見兼ねた俺は親のところまで案内してあげた。そして、ナマエの親がまさに俺たちが探していた人物だった。
 あの時、俺たちが持っていた情報には、そいつは女で、独身だと書かれていた。それが実は独身ではなく子持ちだったと間違っていたから、あの時見つけることができなかったのだ。
 思い返してみれば、ナマエから聞いた親の特徴は俺たちが探している奴と一致していた。でも、独身だと思い込んでいた俺は、ただ"似ている"人で終わらせてしまった。どうしてあの時、もっと疑わなかったのだろう。浅はかだったと、今更ながら後悔の念が押し寄せる。
 もしあの時、彼女の親が俺たちが探していた奴だと気がついていたら、きっとナマエは――。


「…だあー!やめだ、やめ!」


 頭を横に振って思考を振り払う。今更後悔したところでどうにかなるわけじゃない。今が良ければ全て良し、それでいいじゃないか。昔のことよりも今、ナマエが側にいる、それだけで十分だろう。
 ふと手元にあるお盆に視線がいく。そういえばまだ持って行っていなかった。


「…さっさと持ってくか」


 俺はそれを持って立ち上がる。そして、一階へと続く階段を降りた。



 食器を置いてきた俺は彼女の様子を窺うため、扉をノックする。いくら待っても返事が返ってこない。不思議に思いながら扉を開けると、ベッドの上で横になっているナマエが目に入った。
 彼女にそっと近付く。ナマエは身体を丸めて小さな寝息を立てていた。きっと、お腹が満たされて安心したのだろう。さっきまで寝ていたのに、まだ寝るナマエがおかしくて、俺は軽く笑った。


「ったく、風邪引いたらどうすんだよ」


 そう言って俺は彼女の身体を布団の中へと移す。その最中、全く起きる気配がないナマエに思わず苦笑した。
 布団をかけたあと、眠りこけるナマエを見ながら腰を下ろす。ナマエは気持ちよさそうに眠っていて、思わず欠伸が出てしまった。
 そういえばナマエをここまで連れてきたあと、ゆっくり休む暇もなかったような気がする。明日から忙しくなるだろうし、俺も休むことにしよう。


「おやすみ、ナマエ」


 そう言いながら額を撫でると、くすぐったかったのかナマエはにやけ顔になる。そんな彼女に噴き出しそうになるのを堪えて、俺は隣のベッドの中に潜り込んだ。


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