初恋



 どんぶりの中はすっかり空っぽになり、私はお茶を飲み干すと小さく息を吐いた。お腹が満たされて満足していると、ふと視線を感じて、顔を向けたら頬杖をついているナギと目が合った。


「な、なんですか?」
「ん?別にー?」
「理由なしに見ないでください」
「えっ、なんで?」
「…は、恥ずかしいからです!」


 私がそう言うとナギは含み笑いする。またからかう気だな、とムッとなるけれど、不意にご飯のときの話が頭に浮かんで私はナギに声かけた。


「あの、そういえば、さっきメロエに来たことがあるって言ってましたよね?」
「あぁ」
「実は私もここに一度だけ来たことあるんですよ」
「え、マジで?」


 私の言葉にナギは興味津々という顔をする。私はメロエに来た日のことを思い出しながら、口を開いた。


「いくつの時に来たのか曖昧なんですけどね。あのとき、確か親の用事で着いてきたことがありまして」
「へぇー、そんなことがあったのか」
「はい。それで、私町の中で親とはぐれちゃって…一人でメロエの町を徘徊してたら、ある子が声をかけてくれたんです」
「ある子?」


 その問いかけに私は頷く。
 名前を聞き忘れてしまったから、あの子がどこの誰だったか分からない。でも、ナギと同じように朱い瞳だったことだけは覚えていた。



 その子は私とそう変わらない年の子で、徘徊していた私を気にかけていたらしい。声を掛けられたとき、その子はすごく怪訝な顔付きだった。
 私が訳を話すとその子は納得してくれて、一緒に探してあげると申し出てくれた。


「い、いえ、自分で探します…」
「…でも、この辺のことわかんないんでしょ?」
「うっ…」
「どんな人?」
「……えーと」


 親の特徴を言うとその子は心当たりがあったのか、私の手を掴んで歩き出した。黙ったままのその子に、私は最初冷たい子だなぁと思ったのを覚えてる。
 でも、冷たい話し方とは裏腹にその子の手は暖かくて、不思議と安心できた。


「ほら、あの人じゃない?」
「え?あっ、ほ、本当だ!」


 その子の指差した方向には親らしき姿があって、私はその子に振り返る。その子はちらりと私を見た後、踵を返した。


「あっ、ま、待って!」
「…なに?」


 慌てて声をかけるとその子は面倒くさそうに振り返る。私はポケットから飴玉の入った袋を取り出して、その子の手に乗せた。
 きょとんとするその子に私は笑みを作って口を開く。


「案内してくれてありがとうございました!」
「は…」
「じゃあ、さようなら!」



 その時に名前を聞けばよかった、と言ってナギを見ると、ナギは目を見開いて茫然としていた。


「あの…?」
「!…あー、いや、何でもねぇ…」
「え、何でもないって顔してないですけど…」


 ナギの顔は明らかに動揺していて、口元を手で覆いながら視線を私から外す。その様子から、私は首を傾げるがふとさっき自分が話したことを思い出してハッとなった。


「ま、まさか、その子って…」
「…多分、俺」
「えぇぇっ?!」


 そんなまさか、とナギを見つめる。だって私を助けてくれた子はナギみたいな明るさはなくて、話し方も態度も冷たかった。今のナギとは似ても似つかないほどだ。それが実はナギだったなんて信じ難い。
 そんな私にナギは苦笑いしながら、バンダナを外した。私は思わずその顔をじっと見つめる。言われてみれば、あの時の子と良く似てるような気がしてきた。


「う、わ…あの時の子にそっくり…」
「いや、そっくりじゃなくて本人な」
「全然気付かなかったです…」
「そりゃーそん時はまだこれ着けてなかったからなぁ」


 ナギはそう言いながらバンダナに視線を移す。確かにバンダナがあるのとないのとでは結構印象が変わる。でも、あの時の彼の性格と、今のナギの性格が違い過ぎて、どっちが本当のナギなのか混乱してきた。


「あの時飴玉くれた子がナマエだったなんて、なんか信じらんねぇ」
「わ、私だってあの時の子がナギだったなんて信じられないですよ…」
「その頃の俺、そんなに冷たかった?」
「えっ、う、うーん…」
「まぁ冷たかったのも無理ねぇか。それ、あのことがあった前の話だしな」
「あのこと…?」


 あのことって何のことだろう?
 首を傾げる私に彼はフッと笑って、バンダナを着ける。そして、空になったどんぶりをお盆に乗せてそれを持ち上げた。


「これ片付けてくるわ」
「あ、は、はい。ありがとうございます…」
「適当に寛いでていいからな」


 そう言い残し、彼は部屋から出て行った。ナギが居なくなって、私は息を吐き出す。
 皇国で護衛された時、それが初めての出会いだったと思っていたけれど、実は幼い頃に会っていたなんて、何だか変な感じだ。しかも、二度も同じ人を好きになっていたなんて。


「…初恋がナギだったなんてなぁ…」


 これをナギに言ったらどんな反応するんだろう。そんなことを思いながら私は自分のベッドの上に横になった。


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