「ナマエ様、朝ですよ」 「……ん…」 「ナマエ様ー」 「…う、い…っ!?」 「ぷっ…ういって返事ですか?」 いつもならいるはずのない第三者の声に思わず飛び起きる。目の前にいるのは言わずもがなナツさんで、含み笑いしていることに気付いて顔を半分隠した。 そういえば昨日から護衛がついたんだっけと寝起きの脳味噌を働かせるけれど、それより先に寝顔を見られたことが恥ずかしくて仕方なかった。 「お目覚めでしょうか?」 「は、はい…ばっちり…」 「あぁ勝手に起こしてしまい申し訳ありません。朝食が運ばれてきましたので、起こしに来た次第でございます」 胸に手を当てるナツさんに相槌を打つのが精一杯で、ご飯が冷めないうちに早く起きてくださいね、と言って寝室を出ていった。ナツさんが出ていったあと、私はゆっくり起き上がる。ベッドから足を出すと小さく息を吐いた。 護衛がついたとはいえ、まさか起こされることになるとは思いもしなかった。寝室に鍵が掛かっていないから起こされても仕方ないかもしれない。だけどナツさんの躊躇ない行動に驚愕せずにはいられなかった。 私は寝巻きからラフな格好に着替える。身支度を簡単に整えたあと、おそるおそる研究所に続く扉に手をかけた。 「…………」 「おはようございます」 私に気付いたナツさんがナチュラルに挨拶をしてくるものだから慌てて「おはようございます」と返す。そんなナツさんの手にはしゃもじが握られていて、何故しゃもじを持っているのかと首を傾げた。私の視線に気付いたナツさんがしゃもじを少し上にあげる。 「せっかく簡易キッチンがあるんですから、出来立てのご飯のがいいだろうと思いまして」 「そ、そうですか…」 「あっ、大丈夫ですよ、きちんと護衛は致しますので」 そう言ってナツさんはにっこりと笑みを浮かべた。しゃもじを持つ皇国兵の姿がもの凄くシュールで私は口元に手を当てる。その格好でしゃもじとか、反則すぎる。 「笑いを堪えてないで早く椅子に座ってください」 「うっ…は、はぁい…」 全くもう、としゃもじを持ちながら腰に手を当てる様はもはや母親を連想させた。その姿さえもツボにハマってしまいしばらく笑いを堪えるのに必死だった。 ナツさんに促されるまま、朝食を食べ終えて一息ついていると、目の前にカップが置かれる。ナツさんを見上げると「食後のコーヒーです」と口にした。 「…ナツさんて非の打ち所がありませんね」 「そうでしょうか?」 「はい。何でもできて羨ましいです」 「はは、羨ましいなんて大袈裟ですよ。まぁでも否定はしませんけど」 「ナルシスト…」 「何か言いましたか?」 「いいえ!何でもございません!」 ナツさんの後ろに黒い影が見えたような気がして、咄嗟に首を横に振った。 ナツさんが出してくれたコーヒーを飲みながら、モンスターの資料に目を通す。 強化剤はモンスターから取れる素材で作られる。効果はモンスターの素材によって違うため、こうして日々モンスターについても勉強をしなくてはならないのだ。 モンスターを狩りに行くのは兵の仕事ではあるけれど、その中に凶暴なモンスターももちろんいる。狂暴なモンスター以外で作れる方法を探ってはいるけれど、中々見つけられなくて、兵の人達に申し訳なかった。だって、モンスターを狩る最中に死んでしまう人も少なくはないから。 「あんまり楽しくなさそうですね」 「え?」 「あ、すみません。気が散りますよね」 部屋の扉の前でナツさんが苦笑しながらそう口にする。楽しくなさそう、と言ったナツさんの言葉に私は首を捻った。 「あの、なんでそう思うんですか?」 「…今まで研究者を見てきた中でナマエ様が一番楽しくなさそうな顔をしていましたので」 「そう、ですか…」 「気を悪くさせてしまいましたら申し訳ございません」 「え、いやいや、全然悪くなってないので気になさらないでください!」 私は慌てて手を横に振る。それよりもナツさんの観察力に驚いていた。 ナツさんの言う通り、研究するのは楽しくない。むしろ心苦しくて、気が進まないくらいだ。 強化剤を作ること自体は簡単かもしれない。でも、強化剤を服用することでリスクが上がることは既に証明されている。そしてそれを服用するのは私たち研究者ではなく皇国の兵の人達だ。 強化剤は飲んでしまえば簡単に自身の体を強化できる。でもその効果が切れてしまうと、全身が全く言うことを聞かなくなるくらいフラフラになってしまうのだ。敵と戦っている最中に効果が切れてしまえばすぐに殺されてしまうだろう。 その危険を冒してまで国のために戦う人達がいることも事実であり、そのために私たち研究者も強化剤を服用した際の副作用を軽減させる方法を模索している。 国のため、兵の人達のため、と義務的に思っていたからか、研究が楽しいとか全然考えたこともなかった。 「…ナツさんは変な方ですね」 「それはどういう意味ですか?」 「え、いや、その、研究者をよく見ているというか…観察力が凄いというか…すみません、変なこと言って」 「……まぁ、そうかもしれませんね」 「え?」 「いえ、全然気にしてないですよ。俺の方こそ変なこと言ってしまってすみませんでした」 そう言うとナツさんは話を逸らすように「お茶淹れますね」と言い簡易キッチンに足を運ぶ。私はそれを眺めながら、ナツさんの呟いた言葉に引っ掛かりを感じるのだった。 [*前] | [次#] [戻る] |