食事



 クスクス笑う彼を見ていると、ふと彼の手に袋が握られていることに気付く。私の目線にナギは思い出したかのようにそれを私に向けて袋を差し出した。


「これ着替えな」
「着替え…?」
「服結構汚れてたから買ってきたんだよ」


 そう言うナギに自分の服装を見てみると、確かに所々破れていて、泥らしきものもついていた。こんな格好でベッドに寝ていたのかと絶句してしまう。そしてベッドのシーツを汚してしまったことに申し訳ない気持ちになった。


「あ、風呂入るか?」
「えっ、お風呂ですか?」
「あぁ。ちょうど沸いたとこだしな」


 そう言って私に袋を持たせる。お風呂に入れるのは嬉しいけれど、呑気にお風呂なんて入っててもいいのだろうか。
 そんなことを思っている私を汲み取るように彼は続けた。


「それと、明日ここを発つから」
「そう、ですか…」
「まぁ、今日はゆっくりしろよ。明日から忙しくなるだろうし」


 苦笑いするナギに私もつられて笑ってしまう。未だ自分が朱雀にいることに実感が湧かない。朱雀の中心部に行けばきっと実感が湧くんだろうけど、今朱雀の町にいることが私には信じられなかった。
 ベッドから降りるとナギが洗面所まで案内してくれた。浴室は湯を張っているからか湯気が立ち上っている。見るからに温かそうだ。


「じゃ、ごゆっくり」
「あ、ありがとうございます」
「おう」


 彼はニッと笑って洗面所から出て行く。私は新しい服を取り出して、籠の中に移した。その中には目を疑うようなものがあって思わず卒倒しそうになる。
 彼はどんな顔をしてこれを買ったのだろうか。


「…これ、ナギの趣味なのかな…」


 私の手に持っているものは相当レベルが高いものだ。でもせっかく買ってきてくれたのだから着ないわけにはいかない。とは思いつつも、やっぱり少し抵抗があった。
 私は小さく息を吐いてそれを籠の中に置く。そしてお風呂に入るため、自分の服に手をかけた。



 お風呂に入り終わった私はナギがくれた服を着て洗面所を出る。部屋には誰も居らず、私はベッドに腰をかけた。
 明日、どうなるんだろう。ナギはああ言ったけれど、白虎の人間が朱雀の、しかも中心部に単身で行くなんて自殺行為に等しい。ナギがいるとは言え、偉い人から沢山質問されるだろうし、もしかしたら牢屋に入れられるかもしれない。
 最悪な展開ばかりが頭に浮かんで離れない。そこへ、部屋の扉が開きナギが入ってきた。ナギは私を見るなり、眉を寄せて首を傾げる。


「顔青いけどどうかしたのか?」
「いえ…これからどうなるのかなぁと考えてまして…」
「あー、そういうことね」


 ナギは納得したように頷いて、手に持っているお盆をテーブルの上に置く。そして私のところに来て隣に腰を下ろすと、安心させるかのような笑みを浮かべて、私の頭の上に手を置いた。


「んな心配しなくてもいいって。悪いようにはしないって言っただろ?」
「で、でも、私これでも一応白虎の人間ですし…」
「白虎の人間だからなんだよ。同じ人間には変わりねぇじゃねぇか」


 な?と優しく言う彼に胸に支えていたものがスッと軽くなる。彼の言葉は不思議と私を安心させてくれる。仮にも騙されていたというのに、と自分に呆れながら「そうですね」と口にした。そんな私にナギは目を細めて、そしてぽんぽん、と頭を軽く叩く。


「そんじゃ、飯にするか」


 そう言うと腰をあげて、テーブルの上に置いてあるお盆にかかっている布を取る。すると、どんぶりが2つ現れた。
 私はベッドから降りて椅子に座る。ナギも私の前に座り、箸を私に差し出した。


「ご飯、なんですか?」
「カツ丼」
「か、カツ丼ですか…」
「これから上層部を相手にしなきゃいけねぇからなー。気合い入れないとと思って。嫌いだったか?」
「……いえ、大好きです!」
「嘘吐くなよー」
「う、嘘じゃないですよ!」


 そう言いながらナギから箸をもらってどんぶりの蓋を開ける。美味しそうな匂いにさっきまで減っていなかったのに急にお腹が空いてきた。
 ちらりとナギを見ると、ニッと笑って「頂きまーす」と言ってカツ丼に手を付ける。美味しそうに食べる姿を見て私も恐る恐るカツ丼のカツを口にした。


「……お、美味しい…!」
「だろ?俺メロエに来たら絶対これ食べるんだよな」
「え、メロエに来たことあるんですか?」
「ん、まぁな」


 そっか、メロエの町に来たことがあるんだ。自分もメロエの町には一度だけ来たことがある。だから、ナギとの接点が少しでもあったことが嬉しかった。


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