疑念



 目が覚めたら白虎と朱雀の国境の前、ビッグブリッジにいた。傍らにはナマエがいて、ホッと安堵の息を吐く。ふと、倒れているナマエの頭の側に封筒があることに気付き、それを手に取った。
 裏面を見ても何も書かれていない。俺は封筒の中身を取り出して、紙を開いてみた。


「……なんだよそれ」


 紙に書かれている内容に愕然とする。誰宛てに書かれたものなのかはだいたい察しがついた。でも、何故これを置いていったのかわからない。一体これをどうしろと言うんだ。


「…でも有益な情報には違いねぇな」


 この紙に書かれている内容をナマエはきっと知らないだろう。知ったらどう思うのだろうか。
 ナマエを朱雀に連れて帰れば、確実に白虎の重要参考人として身元を預けられる。しかし、そのあといつ自由になるのかは俺もわからない。短い期間かもしれないし、もしかしたらもっと時間がかかるかもしれない。一生はないだろうけど、監視は続けられるだろう。
 でももし、この紙に書いてあることが事実だったら?


「とりあえず取っておくか…」


 俺はそれをポケットの中にしまって、未だ目を覚まさないナマエを背負う。そして近くにあるメロエの町まで走った。
 メロエの町に入る前に、町の手前にいる朱雀兵に声を掛ける。


「おーい」
「ん?…!」


 朱雀兵は俺を見た後一瞬身構えるが、俺の姿を見て警戒を解いた。


「お前名前は?」
「ナギだ。ナギ・ミナツチ。COMMが壊されたんで連絡ができねぇんだけどさ。魔導院に確認を取ってくれればわかると思うぜ」
「…少し待ってろ」


 そう言うなり朱雀兵はCOMMで魔導院に連絡をする。多分顔を曝け出しているのと、俺が背負っている彼女を見て敵ではないと思ったのだろう。それに、もし白虎が攻めてきたとしても、事前にそういう報告が入るから敵だと判断しなかったのかもしれない。
 何にせよ助かったと大きく息を吐き出すと、朱雀兵が連絡をし終わったのか俺に近付いてきた。


「魔導院と連絡が取れた。それにしてもお前、イングラムに潜入中だったんじゃないのか?」
「あー、ちょっとトラブってさ」
「そうか…ま、命があっただけ良かったな。おかえり」
「あぁ、ただいま」
「それで、なんで女なんか背負ってるんだ?」
「この子、は…」


 何て言えばいいのか一瞬躊躇する。怪訝そうに俺の顔を覗き込む朱雀兵に、俺は咄嗟に「さっきモンスターに襲われてたのを助けたんだよ」と嘘をついた。
 朱雀兵はそれを疑いもせず、俺の背中にいる彼女に顔を向けて「大変だったんだな」と呟く。俺の感覚が狂ってるのか、全く疑いもしない朱雀兵に驚き呆れてしまった。
 それから俺はメロエの町にある宿屋に彼女をベッドに寝かせて、朱雀兵から新しいCOMMで魔導院に連絡を図る。


『こちら諜報部ーー』
「ナギ・ミナツチっす」
『あぁ、ナギか。話は聞いている。潜入が見つかったそうだな』
「…すみません」
『いや謝る事はない。無事で何よりだ』


 そう言ってくれたことにホッと肩の力を抜く。そして、ちらりと彼女のことを見たあと静かに宿屋を後にした。

 メロエの町を歩きながら、俺は白虎であったことを話す。白虎の研究内容のこと、朱雀だけではなく蒼龍の者らしき人物が潜入していること、カトルと対峙し、新型魔導アーマーを拝見したこと。
 一通り話すと武官は『ご苦労だった』と労いの言葉をかけてくれた。


「もう少ししたら魔導院に戻りますんで…」
『あぁ、待っている。……それとナギ、先ほど現地の朱雀兵から聞いたが、モンスターから女を助けたそうだな?』
「…えぇ、助けました」


 その声に俺は顔が強張る。朱雀兵は欺けても、諜報武官は欺けないか、と溜め息を吐きたくなるのを何とか堪えて、武官からの言葉を待った。


『その女をどこで助けた?』
「……武官」
『なんだ』
「彼女は、彼女のことは魔導院に帰ってから詳しく話します。だから今は少し待ってくれませんか」
『…………』


 自然と足が止まる。話さないわけにはいかないが、COMMで伝えるよりも会って話したほうが信じてもらえるだろう。
 しばらく沈黙が続いたあと、COMMからふぅ、という溜め息が聞こえた。


『いいだろう。その代わり、包み隠さず全部吐けよ』
「恩にきります」
『その女も連れて来るんだろう?』
「はい」
『そうか…くれぐれも気を付けてな』


 そう言うとCOMMの通信が切れる。長いようで短かった通信に安堵しながら、俺は町中にある服屋へと足を運んだ。

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