私は生まれた頃は帝都に住んでいた。それがある日を境に、帝都から離れたところで両親との三人暮らしが始まった。 カトル准将のことは小さい頃から知っていた。それが何故なのか今はもう覚えていない。 親が亡くなったとの報せを受けたのは私がひとりで家にいたときだった。皇国の人が迎えに来て、自分はどうなるのかと怯えていたのを覚えている。 皇国の人に言われるがまま、首都イングラムに連れていかれ、応接間に通された。そこで私を待っていたのがカトル准将だった。 怯える私にカトル准将は歩み寄ってきて私の前に屈み、頭に手を乗せてふっと笑みを浮かべた。 「もう大丈夫だ、我がお前の傍にいる。我慢する必要はない」 それを聞いたとき、私は堰を切るように泣き出した。カトル准将は私が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていた。 その日の翌日、私はシド様から研究室を与えられたのだ。心細い日々が続いたけれど、頻繁にカトル准将が訪れてくれていたお陰で自然とそれは薄れていった。 ただその裏側で、研究内容に嫌気が差したのは事実。皇国のすることも、そしてそんな皇国のすることに自分が加担しているのも嫌になった。カトル准将には感謝でいっぱいだけれど、それだけはどうしても好きになれなかった。 あれだけカトル准将にお世話になったのに、恩を仇で返すとはなんて不孝者だろう。死んでしまった両親も絶対悲しんでるに違いない。ああでもカトル准将に殺されたから私はもう死んで――。 「……な、い…?」 見慣れない天井に呆然とする。撃たれたと思っていたのに体に痛みは感じない。顔を動かしてみると、宿屋なのかもうひとつのベッドが目に映った。 確か私はカトル准将に撃たれたはず。なのにここはどこだろう。天国?こんな現実的なところが天国だなんて信じ難い。そういえばナギは?カトル准将は?私は本当に生きてるの? 混乱していると不意に扉の開く音が耳に入った。扉の方へ自然と顔を向けると、入って来たのはナギだった。 あのナギは本物でいいのだろうか。夢なんかじゃないよね? そんなことを思いながらナギを見つめていると、ふと目が合う。ナギは一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。 「気が付いたんだな。どっか痛いところとかないか?」 「は、はい、大丈夫です…」 「そっか。なら良かった」 そう言うとナギは私の傍に寄ってきて頭を撫でる。その撫で方がカトル准将のと重なって、瞼が熱くなった。それに気付いたのか、彼は怪訝そうに眉を寄せる。 「ナマエ?」 「…すみません、ちょっと思い出しちゃいまして」 何を、とは言えないけれど、段々と目の前が霞んでくる。 泣いちゃダメだ、ナギが困るだろう。そう思えば思うほど、涙は止まるどころか溢れ出てきてしまう。 そんな私に彼は撫でる手を止めようとはしなかった。 「我慢すんなよ」 「!」 「大丈夫、今ここには俺しかいねぇし、ずっとナマエの傍にいるから」 いつかカトル准将もそう言ってくれたのを思い出す。 ごめんなさい、カトル准将、本当にごめんなさい。そうやって謝ることも、感謝の気持ちを口にすることもできなかった。カトル准将がいたから、私がいたのに。 カトル准将に伝えられなかった気持ちが悔しくて仕方なかった。 「わ、たし…」 「ん?」 「カトル准将に、感謝、しなきゃなのにっ…」 「…うん」 「勝手なこと、ばっか、して、でもカトル准将は…!」 ナギに伝えたところでどうにかなるわけでもないのは分かってる。でも、何故か止まらなかった。ナギは話を遮るようなことはせずに、私の言葉を最後まで真剣に聞いてくれた。 やがて何も言えなくなった私にナギがゆっくりと口を開く。 「なんでカトルはお前を生かしたかわかるか?」 「え……?」 「俺が思うに、ナマエを自由にさせたかったんじゃねぇんかな」 「自由、に?」 自由にさせたかった?それじゃあまるで、今まで自由にさせてもらえなかったような言い草じゃないか。 そう言いそうになるのを堪えていると、ナギは苦笑を浮かべて私の頭をコツンと小突いた。 「お前分かってないだろ」 「……ごめんなさい」 「いや謝る必要はないって。ただなぁ、なんつーかお前って本当、籠の中の鳥だったんだなー」 「籠の中の鳥?」 「そ。まぁ要は大事にされてたってことだよ」 ナギはそう言って、良かったな、と言われる。良かった、のかな。でも、もしナギが言ったように大事にされていたのなら私はなんてことをしてしまったんだろう。時間を戻せることが出来るのなら戻したい。 自己嫌悪に陥る私にナギはふっと笑みを浮かべた。笑うところじゃないだろう。 「なんで笑うんですか…」 「あ、俺笑ってた?」 「しかも無意識ですか」 「いやーははは…お前が鈍感で助かったなーと」 「ど、鈍感?私が?」 鈍感だと言われたのは初めてで、どう反応したらいいのか戸惑ってしまう。自分は鈍感ではない気がするけれど、ナギに言われるとなんか馬鹿にされてるような気がしてならなかった。 [*前] | [次#] [戻る] |