爆風でナギの背中から振り落とされる。その衝撃は半端なかったが、雪がクッションになったおかげでそれほど痛手は負わなかった。 自分のことよりも彼のことが気になり、顔をあげる。後ろから私の名前を呼ぶ声が耳に入って振り返ると、魔導アーマーがナギの体を踏みつけていた。 「カトル准将…!」 魔導アーマーに乗っているあの人の名前を口にする。そして、何もできないのに、私はナギの元へ一歩一歩足を踏み出した。 カトル准将は、私の両親が亡くなったあと、皇国に引き取られてからずっと目をかけてもらっていた。そんな人を裏切ったのは私自身であり、今更許されるとは思ってない。しかし、今までお世話になった分、カトル准将に対して罪悪感が沸沸と沸き上がってくる。カトル准将のお陰で、今の私があるのだから。 「……っ」 瞼が熱くなる。それは何に対しての涙なのか。 カトル准将を裏切ったから?今彼が苦しめられているのに自分は何もできないから? 悔しい。今までお世話になったカトル准将に何も恩を返せなかった自分が、大切な人を守れない自分が、凄く悔しい。 「ナマエ」 「!」 「お前を皇国の反逆者として、ここで処刑する」 目の前に銃口が宛がわれる。それは私の頭を覆ってしまうほどの大きさだ。頬に冷たいものが流れ落ちる。殺される、カトル准将に私は、殺されるんだ。 「…っく、」 「……泣くな、ナマエ」 「すぐ、終わる」 その優しげな声と共に、大きな銃声が頭に響いた。 ◇ 「はっ…やっぱり、ナマエが惜しく、なったか…?」 「口を慎め、朱雀の犬が」 「そーいうあんたも、シドの犬だろうが……ぐあっ」 「口を慎め、と言ったはずだが?」 ナギの体に圧力がかかる。その圧迫感に顔を歪めて、何とか意識を保とうと唇を噛む。目の前には意識を失ったナマエがいて、手を伸ばせば届きそうな距離なのに、それができないのが歯痒かった。 ふとカトルは機体の中から雪の上で倒れているナマエの姿を見る。そして、小さな頃の彼女が脳裏に浮かんだ。その彼女がここまで大きくなってしまったことに、カトルの胸中は複雑で思わず溜め息が溢れた。 「(月日が経つのは早いものだな…)」 カトルは小さな頃から彼女のことを知っている。今は記憶にないけれど、確かに彼女の両親と関わりがあったのだ。 小さな頃、彼女はずっと親に指図されるがままに研究のことを教えられた。でもだからといって親が彼女のことを愛していなかったわけではない。むしろその逆だ。愛していたからこそ、彼女が生き延びるためのノウハウを教えたのだ。 カトルはおもむろにレバーを下に引く。その操縦でナギの背中から魔導アーマーの機体が離れた。圧迫感がなくなり解放されたナギは、噎せ返りながらも素早く魔導アーマーから離れ、倒れている彼女の傍に駆け寄る。彼女の体を抱えながらキッと魔導アーマーを睨むナギに、カトルはナギを見据えて口を開いた。 「…ひとつ問おう」 「は…?」 「覚悟があるのか否か」 「!」 その覚悟の意味をナギはすぐに察知する。カトルが口にした"覚悟"の言葉には様々な意味が込められていた。 ナギはその意味を瞬時に理解し、カトルの乗っている魔導アーマーを見つめる。 「…"覚悟"なんて、もうとっくに決めてるっつの」 「そうか……ならばお前には話しておく」 「話す?」 一体何を、とナギは眉根を寄せる。カトルは小さく息を吸うと吐き出すように声を発した。 「ナマエは朱雀と白虎のハーフだ」 「!?」 「ある書状には母親が朱雀出身、父親が白虎出身、と書いてあった」 「書状…?」 「おそらくナマエの両親が死ぬ前に我に書いたのだろう。その書状には彼女への想いと切なる願いが綴られていた」 それは今でもカトルの懐にある。カトルはそれをいつか彼女に渡そうとしていた。ナマエの亡き両親の手紙を、自分なんかが持っていても仕方がない。そう思いながらも、いつ渡せばいいのか考えあぐねていたところだった。 「ナマエは今は白虎にいるが、朱雀の人間でもある。白虎なり朱雀なり、ナマエが行きたいところへ行けばいい」 「……あんたはそれでいいのかよ」 「決めるのはナマエだ。我ではない」 そう吐き捨てるように言うカトルに、ナギは彼女の体を自身に引き寄せる。カトルはそれを見て、顔をしかめた。胸の奥底に眠る何かが沸いて出てくる前に、銃口をナギに向ける。 「ハッ…あんたも俺と"同じ"なんだな」 「貴様と同じだと?…ふん、笑わせるな」 貴様以上だ。 そうカトルが口にした瞬間、ナギの周りに煙がかかる。意識が朦朧とするなか、機体が開き、こちらをじっと見ているカトルの顔がナギの目に映った。その表情はどこか物悲しさを漂わせている。 あのカトルでもそんな顔するんだな。そう思いながら、ナギは意識を手放した。 彼女を守るかのように倒れ込んだナギを見て、カトルは呟く。 「この因果、いかなる応報も受け入れよう」 [*前] | [次#] [戻る] |