目の前に現れた魔導アーマーに俺は目を細める。あの魔導アーマーは今までの文献でも見たことがない。おそらく新型なのだろう。 カトルのことは上層部でも有名で、諜報課の中で知らない者はいない。それは滅多に見掛けない魔導アーマーの乗り手であるからだ。しかも魔導アーマーを巧みに操り試作品を造っては、侵攻する際に現れている。できれば対峙したくなかった相手が目の前に現れるとは俺も予想外だった。 だが、こちらには俺以外にナマエがいる。そして奴の狙いはナマエに間違いないだろう。奴が彼女のことを猫可愛がりしているのはあの一件で明白だ。彼女に問い掛ける言動がそれを彷彿とさせている。全く、厄介な奴に目を掛けられているなんて、ナマエも隅に置けないなと苦笑を浮かべた。 「今なんて……」 「俺が聞きたい答えはイエスかノーか、だ」 こんなときに残酷な質問だと我ながら思う。相手があのカトルじゃなかったら、俺は無理にでも突破していた。でも今ここにいるのは紛れもないカトルだ。カトルなら反逆者となってしまった彼女のことを助けてくれるだろう。 彼女が少しでもそれを望むんだったら、俺は彼女を奴に引き渡す。それが彼女にとっても最善だと思ったから。 しかし、彼女から返ってきたのはゴツンという硬い音だった。 「いっ…?!」 「ばか!」 「ば…」 「さっき、離さないって言ったじゃないですか!」 「!」 「それにっ……私は助けるときに覚悟を決めたんです!だから、そんなこと言わないでください!」 その言葉にハッとさせられる。確かにさっき俺は離さないって言った。それなのに彼女にあんなことを問い掛けた俺は卑怯者だ。彼女のためだと言いながら、本当は自分に彼女を守ることができるのか自信がなかったのだ。 「か、カトル准将!私は誘拐されたんじゃないです!自分から進んで、彼と一緒に来ました!」 「なっ、ちょ、ナマエ!」 「……そうか。ならば、仕方あるまい」 カチャン、という音と共に魔導アーマーの銃口が俺たちに向けられる。ナマエがそう言い切ってしまった以上、カトルはナマエもろとも殺すに違いない。 どうすればいいのかと奥歯を噛み締める。雪の上では思うように動くことはできないだろう。そして魔力もそう残ってはいない。ナマエを置いて戦うのも気が気じゃなくてできない。八方塞がりだということに冷や汗が頬を伝った。 「…ナマエ」 「は、はい」 「しっかり掴まってろよ…!」 「え、わっ?!」 俺は地面を思いきりぐっと蹴る。魔導アーマーとの距離が近くなる前に、俺はテレポを唱えた。背後から爆発音が耳に入る。魔導アーマーとの距離は約30メートル、それが今の俺の限界だった。 俺は舌打ちをしながら雪の中を駆け出す。足がもつれそうになるのを踏ん張り、朱雀との国境に向かってひたすら走る。国境との距離がどれくらいかわからないが、今の俺には走ることしかできなかった。 「くっそ…!」 「わ、私下ります!」 「駄目だ!もし下りたら…」 言い終わる前に突如、後ろから爆音が響き背中に爆風を受ける。その勢いは凄まじく、体が一瞬浮いて思いきり雪の中に突っ込んだ。背中が軽くなったのを感じて、慌てて顔をあげると、俺より少し前にナマエが倒れているのが目に入る。 「ナマエ!!」 「……うっ…」 ナマエの呻く声と共に体が少し動く。俺はすぐにナマエの元に行きたかったが、それは敵わなかった。 「ぐっ……」 「どうした、もう鬼ごっこは終いか?」 背中に重くのしかかる重圧に胸が苦しくなる。魔導アーマーに踏まれているのだと気付くのに時間はかからなかった。 「カトル准将…!」 ナマエのか細い声が耳に入る。目線を上に向ければ、一歩一歩こっちに向かって歩いてくるナマエの姿が目に映った。 馬鹿野郎、なんでこっちに来るんだよ、俺に構わず早く逃げろ、逃げてくれ。 そう言いたいのに声が思うように出ない。どんどん圧迫されていくのを感じながら俺は拳を握り締める。何もできない自分が情けなくて悔しかった。 [*前] | [次#] [戻る] |