今現在、私は毛布にくるまりながら彼にしがみついていた。昨日は雪で足元が取られていたのに、昨日よりも軽快な身のこなしで走っている。ちなみに私は、冷たい風を受けないように頭ごと毛布を被っている状態だ。 何故こんな状態になっているのかというと、事の始まりは彼の言っていたお仕置きという言葉だった。何のお仕置きかとびくびくする私を、ナギは笑いながらこう言ったのだ。"俺に背負われることが1つ目のお仕置きな"と。 そう言われたときはそれだけ?と拍子抜けになったけれど、おんぶをされることに少なからず抵抗はあった。しかし、ナギは私が首を横に振る前に、拒否権はなし、と言って問答無用に毛布を私に巻き付けた。そして半ば強引に私を背負い、今に至るという。 「あの〜…」 「んー?」 「なんかすみません…」 「えっ、なんで謝んの?別に重くないから謝ることないって」 「…………」 「あ!今叩いただろ!?」 「ナギの気のせいですよ」 本当は軽く叩いた。だって、私の言いたいことをはっきり言い当てるからだ。女としてそれなりに気にしてることを言うあたり、彼はまだ女の気持ちをわかっていないと思った。 それにしても数時間寝るだけでこんなに走れるなんて、どれだけ体力が残っているのだろう。それとも、朱雀の人はみんなナギみたいなのだろうか。 そんなことを不思議に思っていると、不意にナギが足を止めた。そして、身を屈める。 「ど、どうしたんですか?」 「……多分、いる」 「え?何が……」 ――ガシャンッ 言葉を続ける前に、特徴のある音が辺りに響き渡る。その音は私もよく知っていた。今の音は、間違いなく機械の動く音だ。 「近くに、いるんですか…?」 「あぁ」 彼はそう短く返事をしたあと、辺りを警戒するかのように顔を忙しなく動かす。私もキョロキョロと目線を動かすけれど、視界が悪いせいで兵器を目視することができない。 その兵器と距離があいているかはわからないが、距離があいていたら機械の音はもっと小さいはずだ。それがはっきりと聴こえてくるということは、この辺りに潜んでいるのだろう。 「わ、私、降りましょうか?」 「…いや、降りないほうがいい。俺より先に狙われんのはナマエだろうからな」 「…………」 そう言いながら、私を抱え直す。彼は私を背負いながら、戦うと言うのか。そんなの無理に決まってる。人ひとり背負って戦うなんてできるわけがない。しかも相手はクリスタルの力で造られた兵器だ。いくら魔法が使える彼でも、私を背負いながらの戦闘は圧倒的に不利だろう。 「あ、の…!」 「離さねぇ」 「!」 「絶対、離さねぇからな」 彼の言葉に私は思わず口を噤む。そこまでしてくれなくてもいいのに、むしろ私を置いて逃げてほしいのに、それを彼はいとも簡単に拒んだ。意地でも私を離さないというのか。 不意に胸の奥が苦しくなる。このまま彼から降りて早く逃げろと言いたいのに、一緒にいたい気持ちが抑えられない。言わなきゃ、それが彼のためになるんだから。相手が私を狙っているというのなら、尚更言わなくちゃ――。 「ふん、若造がよく言う」 「!」 「えっ…」 今の声に、私は耳を疑う。その声は私もよく知っていた。いつも気にかけてくれる、あの人の声に。 その時、ガコン、という音と共に向こうから魔導アーマーの姿が目に入る。それは皇国の中でも改良され続けているカトル准将専属の魔導アーマーだった。 「か、とる准将…?」 「はっ、マジかよ…」 「ナマエ、お前はここで何をしている?」 「…………」 カトル准将の言葉に私は目を伏せる。そんなの、答えられるわけがない。それをカトル准将は見越して問い掛けているのだろう。 私は捕縛した朱雀の人間を逃げるように促し、解放した。これは立派な反逆行為である。カトル准将も、私が今までした行為を既に知っているだろうに、何故今更そんなことを言うのだろうか。 「言えないのか、それとも言わないのか…どちらだ」 「……私は」 「ナマエは俺が誘拐した」 「!」 「…ほう?」 思わず彼を凝視する。仮面を被っているせいで表情は見えないけれど、口端が上がっているのが見えた。 誘拐したって、まさか私を庇うための嘘?でも、そんなのカトル准将に通じるわけが――。 「そうなのか、ナマエ?」 カトル准将の声が私の頭に響く。ナギの言った言葉の真意が掴めずにいると、彼の微かに口が動いた。ぼそりと呟かれたそれに、私はただただ呆然とするしかなかった。 [*前] | [次#] [戻る] |