ふと目を開ける。目の前に映るのは軍服で、徐に顔を上げるとナギの寝顔がそこにあった。気持ち良さそうに眠る彼に頬が緩む。不意にお腹が鳴る音が耳に入った。少しは空気を読んでほしい。 「(……お腹、減ったな)」 思えばお粥を食べた後から何も口にしていないのだ。お腹が減るのも仕方ない気がする。 そう思いながら天井を見上げると、部屋の中が明るいことに気付いた。どうやら夜が明けたらしい。昨日、小屋の隙間から聞こえていた風の音もしてこないことから、吹雪も止んだのだと悟った。 さて、天候が回復したのなら、また吹雪に見舞われないうちに町へ辿り着きたい。できたら今日中に国境をも越えたいくらいだ。でもそれにはまず、彼を起こさなければならない。 「(なんて起こせばいいんだろう…)」 普通に起こせば問題ないはず。いやでも普通ってどういう風に起こせば普通なのだろう。普通に声をかければいいんだよね?普通に、普通に…。 そう自分に言い聞かせながら、そっと顔を上げる。規則正しい寝息をたてながら眠るナギの寝顔を見て、不意にかぁっと顔が熱くなるのを感じた。 そういえば、一晩中この状態だったんだった。彼を暖めるためとはいえ、私はなんてことを言い出してしまったんだろう。昨日のことが段々と頭の中に浮かんできて、羞恥心でいっぱいになる。穴があったら今すぐに入りたいくらいだ。 「(で、でもとにかく起こさなきゃ…!)」 私は再び顔を上げてナギの寝顔を見やる。そして、右手で軽く胸を叩きながら口を開いた。 「あの、起きてください…」 口から出たのは蚊の鳴くような声だった。こんなので起きるはずがないだろう。もっと大きな声で起こさなきゃいけないのに、いやもっと大きな声でって大きすぎたら吃驚しちゃうんじゃ、ていうかどの音量で起こせばビックリさせることもなく起こせるのか。 ただ起こすだけのことなのに、頭の中は軽く混乱していた。 「んん…」 「!」 「…ッ!?うっわ、寝ちまったのか俺…」 不意に聞こえてきた声に見上げると、片手で髪の毛をかきあげる彼と目が合った。彼はきょとんとしたあと、目を見開いて慌てて私との距離を取ろうとする。 「わ、悪い、寝るつもりはなくてだな、お、思いの外、心地好かったからつい……おわぁ?!」 「あっ!」 慌てて私から離れたナギはそのまま背中からベッドに落ちてしまった。ベッドはシングルなのだから彼も幅くらいわかっていたはずだろう。それを忘れてしまうほど動揺したのは、私のせいに違いない。何だか申し訳なく思った。 ベッドから覗くと痛そうに顔を歪めているナギの姿が目に映る。 「だ、大丈夫ですか…?」 「あぁ、はは、平気平気」 彼は苦笑いしながら頬をかいて、腰を上げた。そして窓の方へ歩いていき、外の様子を窺う。 「どうやら吹雪は止んだみたいだな」 「そうらしいですね。雪は降ってますか?」 「あー、まぁパラパラとは降ってんな」 「酷くならないうちに行かなきゃですね」 「だな」 私は体を起こしてベッドから降りて立ち上がろうとするけれど、いつの間にかナギが私の目の前に立っていた。どうしたんだろう、と首を傾げながら見上げると何故かナギは笑みを浮かべていた。その笑みが私には意味深長に見えてしまい、思わず顔が引きつる。 「な、なんですか?」 「お前のお陰で寝られたし、体力も十分回復できた。ありがとな、ナマエ」 「いえ、そんなお礼を言うようなことしてませんし…」 「で、四回」 「え?」 「俺をさん付けで呼んだ回数だよ。本当なら五回だったけど、あの時は"じゃなくて"っつったし、まー仕方ないから見逃してやる。ただし、その前までに言った四回はお仕置きさせてもらうぜ」 「えぇ!?い、今ですか!?」 「あぁ、今だ」 ニヤリと口角を上げるナギはかっこよかった。いやかっこよかったとか言ってる場合ではない。彼の言うお仕置きっていうのが何なのかわからないが、確実に良いことはないだろう。 お仕置きって言ったら、あれだろうか。馬みたいに鞭でパシンとやられてしまうのか、はたまた奴隷のようにこき使われてしまうのか、どちらにしろ今の私にはそういう類いのものしか頭に浮かばなかった。 血の気が引いていくのを感じていたら、いきなり彼が吹き出して笑い始める。 「はははは、なんつー顔してんだよお前…!」 「えっ!?わ、私なんか変な顔してました?!」 「顔真っ青だぜ?ぷ、くくく…安心しろって。ナマエが考えてるようなことは絶対しねーから」 「ほ、本当ですか?その…鞭で叩いたりしないですよね?」 「ぶっ…む、むち?鞭って、あははは!ナマエの発想すげぇな、ははは!」 お腹を抱えて笑う彼を見てムッとなるけれど、そういえば帝都に居たときもこんなようなことがあったのを思い出して、彼につられるように私も笑ってしまった。 [*前] | [次#] [戻る] |