私たちの間に沈黙が流れる。天候が荒れているのか、時折窓がガタガタと音を立てて、小屋の隙間から風の音が聞こえてくる。何を話せば考え倦ねていると、不意にナギさんのくしゃみが部屋に響いた。 ナギさんの方を向くと、椅子に座って二の腕を擦る姿が目に映る。この小屋に暖炉があるのにそれを使おうとしないナギさんに私は首を傾げた。 「あの…」 「ん?どした?」 「あそこの暖炉、使えないんですか?」 暖炉があるのに使わないということは、もしかしてあの暖炉は使えないんじゃないか。そう思った私はナギさんにそう言うけれど、彼は暖炉のほうをちらりと見て、首を横に振った。 「暖炉を使うと煙が出る。廃屋になってるこの小屋から煙が出てたら、あいつらが気付くかもしれないだろ?」 「あいつら……あっ」 そういうことか、と納得する。暖炉を使えばここに人がいるのは明白だ。この小屋が荒らされたあと、何かに使われた形跡がないにしろ、暖炉の煙が立ち上っていたら疑わないわけがない。それを見越してナギさんは暖炉を使用しないのだとわかると、何も気付けない自分が情けなくて恥ずかしかった。 自分一人では何にもできないのだと改めて実感する。そんな中、ナギさんの二度目のくしゃみが部屋に響いた。 「はぁー…やっぱ白虎の気候は慣れねぇな…」 「朱雀は雪とか、降らないんですか?」 「降らないわけではないけど、積もったりはしねぇなー」 「へぇー、そうなんですね。いいなぁ…」 白虎は一年中雪で、雪の降らない日なんてほとんどない。一度メロエ地方に行ったことがあったが、あのときほど朱雀の国が羨ましいと思ったことはないだろう。 私の呟きにナギさんは何故かきょとんとしていた。また私、何か変なことを言ったのだろうか。 「ナマエ」 「は、はい?」 「他人事のように言ってるけど、今から俺らが行くとこ、朱雀だぜ?」 「……あ」 ナギさんの言葉にハッとする。そうか、私は白虎を裏切ってナギさんを助けたんだった。ナギさんが朱雀に無事帰れたあと、自分がどうするかとか全然考えてなかった。 ど、どうしよう。ナギさんが助かればそれでいいと思ってたけど、そのあとのことなんて全く頭になかった。ナギさんが無事朱雀に帰ったあとどこに行けばいいだろう。私に行く宛なんてないし、と混乱していたら不意にナギさんが私の手を握り締めた。 「!」 「亡命ってことにすりゃいい」 「ぼ、亡命ですか…」 「あぁ。ナマエは白虎の研究員だし、ウチにとって貴重な人間なのに間違いはない。亡命ってことにすれば朱雀も殺したりしないだろうしな。何より俺の命の恩人なんだ、ナマエのことは命をかけても俺が守る。だから」 安心しろ。 そう言いながらナギさんは微笑みを浮かべる。その安心するような笑みに、心に渦巻いていた不安が少しだけ薄らいだ。 でもだからといってナギさんばかり頼るわけにはいかない。もっとしっかりしなきゃ。 「っくしゅ」 またナギさんのくしゃみが耳に入る。これで三回目だ。ナギさんを見上げると、彼は鼻を啜りながら苦笑を浮かべた。 「誰かが俺の噂してんなー、全く、みんなのアイドルっつーのは大変だぜ」 「……ナギさん」 「ん?あ、ていうか四回目!お前な、俺を呼び捨てにする気ねぇだろ?未だに敬語のまんまだし」 「毛布、使ってください」 「は?」 「私、寒さには強いですから」 私は起き上がって毛布をナギさんに差し出す。ナギさんは目を丸くさせて私と毛布を交互に見た。そして眉間に皺を寄せてムッとする。 「いらねぇよ。俺そんな柔じゃねぇし」 「鼻、赤いですよ」 「これはあれだ、さっき擦りすぎたんだよ」 「くしゃみ三回してましたけど…」 「だからそれは誰かが俺の噂してんだって。人気者は大変だぜ」 「…………」 彼は思ったより頑固だった。 何を言っても受け取らないナギさんに私は思考を巡らせる。どうしたら、彼が毛布を受け取ってくれるか。いや、彼のことだ、何が何でも毛布は受け取らないだろう。じゃあどうしたらナギさんを温めることができる? ふとある考えが浮かんだ私は意を決して彼を見据える。 「ナギさん、じゃなくて、えーと、な…な、ナギ・ミナツチ」 「え?なんでフルネーム?」 「私と一緒に毛布、使いましょう」 「えっ、いきなり何言い出すの!?」 「私だけ毛布使うなんて、できないです!」 そう言ってベッドから降りてナギに近付く。彼は私の発言にかなり動揺していて、狼狽えていた。一歩一歩近付く私に対し、彼は一歩一歩後退る。 私が彼の腕を掴もうとした瞬間、逆に手首を掴まれてしまった。ナギを見上げると、困惑した表情をした彼が目に映る。 「…………」 「ナマエ…?」 「ナギ、は、私が何を言っても、毛布を受け取ってくれないんでしょう?」 「…………」 「なら、一緒に使うしかないと思って…」 「一緒にって言うけど、どうやって?」 「え?えーと、一緒に寝ればいいんじゃないですか?」 「あぁ、なるほど、一緒に寝ればそりゃ暖まるわな…………はぁ?!」 私の言動をすぐ察した彼は目を丸くさせて、そして顔を赤く染めた。 [*前] | [次#] [戻る] |