護衛



 私の両親は人体に作用する機構や薬物の研究者だ。それ故に私も両親と共に研究施設に何度も足を運んだことがある。そこで私は両親から人体に影響を与える薬物、即ち強化剤などを造るための知識をもらった。両親は私を自分達と同じように研究者にさせるつもりだった。当然だろう。でも、私はそんなのにはなりたくなかった。





「ミョウジ博士」
「…博士はやめてください」
「いえ、ですが…」
「こんな私にも一応名前があるんです。名前で呼んでください」


 そう私が言うと目の前にいる軍人がおそるおそるミョウジ様、と口にする。本当は様付けもされたくない。身分なんて私は気にしないのに、そう思うけれどそれを口にしたら話が始まらなさそうなので閉口する。そんな私に軍の人が口を開いた。


「最近、国内で物騒なことが起こっています」
「物騒なこと、ですか」
「はい。朱雀の者や蒼龍の者が研究者を狙って殺し回っているそうです」
「……そうなんですか」


 話を聞いて視線を落とす。ここ白虎は魔導アーマーを造る施設が多く、帝都であるイングラムを中心に工場が建てられている。そこに潜り込んでくるということは私たち研究者の資料であったり技術であったり、それらを危惧して研究者を狙い殺し回っているのだろう。当事者にはなりたくない話だ。


「そこで、研究者である貴女様にも護衛をつけることが決定しました」
「護衛?」
「はい。これも貴女様を護るため、少しの間こいつが貴女様の盾になります故、何でもお申し付けください」
「はぁ…」


 護衛だなんてそんな大層なことをしなくてもよかったのに。私に話し掛けてきた軍人の後ろから新たな軍人が現れる。多分その人が私を護衛する人なのだろう。
 その人は私に一礼する。思わず私も一礼すると、話し掛けてきた軍の人は「では失礼します」と言って研究所を出ていった。


「…初めまして。今日から貴女様を護衛することを命じられました。名前はナツと申します。何かあったら何なりとお申し付けください」


 膝をついて頭を下げる彼に、私は慌てて口を開く。


「いえ、あの、そんな畏まらなくてもいいです。私、そういうの嫌なので…」
「そう、なんですか?」
「はい。えぇと、ナツ、さんでいいですか?」
「はい」
「挨拶が遅れてすみません。私はナマエ・ミョウジです。暫くの間、護衛をよろしくお願い致します」


 私は深く頭を下げる。
 こうして一人っきりだった研究所は、彼を入れて二人っきりとなった。



 私はほとんど研究所から出ない。私の研究所には簡易キッチンもあるしトイレも浴室もある。ご飯は決まった時間毎にきっちり軍の人が持ってきてくれるし、研究所に隠っていても不便なことなど何もないのだ。
 朝食を食べ終えた私は資料が積み上げられている机に座る。一枚の紙切れに目を通していると不意に声をかけられた。


「あの」
「はい?」
「俺はどうしていればいいんでしょうか」


 彼に視線を向けると研究所の入り口に佇んで苦笑しながら私を見ている。そういえば護衛されてるんだったと思い出して、私は腕を組んだ。


「うーん…普通にしててください」
「普通と言われましても…」
「わかりませんよね…んー、別に寝てても構いませんよ」
「寝て…?それだと護衛の意味がなくなります。それ以外で何かありませんか」
「そんなこと言われてもなぁ…」
「……では、資料をまとめるのを手伝いましょうか?」


 随分散らかっているようですし、と溢すナツさんに私は苦笑する。
 確かに彼の言う通り、私の研究所は散らかっていた。必要書類は机の上にあるから、散らかっているのは用済みとなった紙切ればかりだろう。片付けようと何度か思ったけれど、どうせ私だけしかいないのだし、と放置した結果がこれだ。彼に呆れられても仕方ない気がする。


「え、と。ナツさんは良いんですか?」
「俺はむしろ体を動かしていたいですから。ナマエ様さえ良ければ俺にできることがあれば手伝いますよ」


 そう言ってニッと彼は笑う。仮面で顔は見えないけれど、きっといい人なんだろうなと思いながら、私はお願いします、と頼んだ。

 昼食が運ばれてくる頃には足場がないくらい散らかっていた研究所内はナツさんの手によってあっという間に綺麗になった。私が机に向かっている間、何をどうすればこんなに綺麗になるのかとナツさんを見れば、ナツさんは手のひらを上に向けて「こんなの俺にかかればあっという間ですよ」と笑った。
 資料集で溢れていたテーブルも綺麗になっていて、何故かテーブルクロスまで掛けられている。どこから持ってきたのだと問えば、私がいない間にゴミ袋をまとめて持っていったとき使用人から頂いたのだと言った。どこまで要領が良いんだろうと驚いていると昼食が運ばれてきた。
 ナツさんがそれを受け取ると綺麗になったテーブルに昼食を置く。ご飯の良い香りに私のお腹は食べ物を欲するかのように、ぐぅと鳴った。


「ご飯食べないと身が持ちませんよ」
「こ、これ終わらせたら…」
「駄目です。ご飯は温かいうちが美味しいんですから」


 そう言いながら私を強制的に立ち上がらせ昼食が置いてある椅子に座らせた。ご飯の匂いが鼻をくすぐり、お腹がまたぐぅと鳴る。ちらりとナツさんを見ると口角を上げてこちらを凝視していて、私は視線を逸らした。
 両手を合わせていただきます、と呟きおそるおそる箸を手に持つ。白いご飯を口に入れると温かいお米の味が口の中に広がった。温かいご飯を食べたのは久しぶりで、思わず口元が緩む。


「美味しいですか?」
「!お、美味しいです…」
「そうですか」


 それは良かったです、とにこやかに言うナツさんに私は顔を俯かせる。少しだけ頬が熱い。人にご飯を食べる姿を見られること自体久しぶりで、気恥ずかしくて仕方なかった。


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