避難



 雪がちらついていたのが段々と強くなっていく。吹雪く前に町に着きたかったが、それは敵わないだろう。このまま行けば遭難する可能性も否めなかった。
 どうすればいい、どうすれば遭難せず無事に町に辿り着ける?
 そんなことを考えていたら不意に彼女の右手が俺の手から離れた。驚いて後ろを振り返ると、雪の上で倒れている彼女が目に入った。転んだのかと思いながら踵を返し近付くも、彼女はピクリとも動かない。


「…ナマエ?おい、ナマエ!?」


 その異変に慌ててナマエを抱き起こす。彼女の顔は青白くなっていて、俺は背筋が凍った。咄嗟に左胸に耳をあてる。


「(よかった、心臓は動いてる…)」


 さっきまで普通に会話をしていた。その時の彼女に何ら変化はなかったはずだ。なら何故彼女はいきなり倒れたのだろう。
 考えたところでわかるはずもなく、俺は彼女を背負い先の見えない真っ白な平原を進むしかなかった。







 気が付くと研究室ではない風景が私の目に映った。周りを見れば木製のテーブルが映り、そのテーブルの上にはあの髪留めが置いてある。テーブルの向こうには暖炉があって、暖かい炎が灯されていた。
 ここはどこだろう。そう思いながら部屋を見回すと、何故だか見覚えのあるような部屋だった。


「ナマエ」
「?」


 頭の上から女の人が私の名前を呼ぶ声がして頭をあげる。顔は靄がかかっていて見えない。でも不思議と嫌な気はしなかった。
 女の人は腰を下ろして私の頭に手を乗せる。


「ごめんね、ナマエ。私たちはここを出ていかなくちゃいけなくなったの」
「…………」
「もう、会えないかもしれない。でもね、ナマエ」


 私たちはいつもあなたの傍にいるから。

 そう言って女の人は私にある物を握らせる。そのある物はどこかを開ける鍵だった。


「私たちが使っていた研究室の棚の後ろに、ある物を保管してあるの。それがこの鍵……あれをどう使うかはあなたが決めなさい。その代わり、それのことは誰にも言っちゃだめ。いいわね?」
「…………」
「おい、早く来い」
「…今行きます」


 男の人が急かすなか、女の人は私に笑いかけたあと背中を向けた。伸ばした手は女の人に届かずに空を切る。そのまま扉は閉まり部屋は真っ暗となった。








 瞼を開けると木製の天井が目に映る。身体には毛布がかけられていて、顔を横に向けるとナギさんの背中が見えた。


「な、ぎさ…」
「!ナマエ!」


 私の声を聞くなりナギさんは振り返って駆け寄ってくる。彼は腰を下ろして私の額に手を当てたあと、眉尻を下げてホッと安堵の息を吐いた。


「…気が付いてよかった」
「あの、私……」
「途中でぶっ倒れたんだよ」
「ぶっ倒れ…た、ですか…」
「あぁ。んで吹雪いてきたところにちょうどここ見つけてさ…間一髪だったぜ」


 そう言いながらナギさんは周りをぐるりと見回す。私もそれにつられるように周りに目を移すと、部屋の中は少しだけ荒れているが以前誰かが住んでいたような形跡が残されていた。
 起き上がろうとするも、それをナギさんに制されてしまう。そしてひとつの空瓶を私に向けて口を開いた。


「これ、回復って書いてあったんだけど回復薬であってるか?」
「あ、はい、あってます……飲んだんですか?」
「え?あ、あぁ…まぁ、な」


 歯切れの悪い返事と共にナギさんの頬が徐々に赤みを帯びる。なんで赤くなるのかと首を傾げて彼を見つめていたら、ふと口のなかに違和感を覚えた。
 そういえば口のなか、薬の味がする。勘違いではない。仄かだけれど薬の味がするのだ。でもどうして薬の味がするのか、ナギさんが顔を赤くするのか、さっぱりわからなかった。


「いや、これはあれだあれ」
「あれ…?」
「不可抗力っつーか、あーいや不可抗力じゃねぇけど」
「?」
「と、とにかく、俺の魔力もそう残ってなかったし、こうするしかなかったんだよ」
「あ、の、さっぱりわからないんですけど…何をどうしたんですか?」


 そう聞き返すとナギさんはうっと言葉を詰まらせる。そしてちらりと私を見たあと、突然頭を下げた。


「悪い!」
「え?」
「その、回復薬使ったんだけどさ」
「あ、謝ることないですよ。好きに使ってくれて構いませんし」
「それ…お前に飲ませたんだよ」
「飲ませ…え、一体どうやって…」


 ナギさんの言葉に、彼の今までの言動と行動が脳裏を過る。
 回復薬の入ってた瓶が空で、その回復薬をナギさんが私に飲ませて、何故か顔を赤くさせて、しどろもどろになって、……普通、飲ませるだけで顔が赤くなるのだろうか。あれ、なんかおかしい、いや、おかしいというか、あれ…?


「…………」
「…………」
「……あー…」
「……え、と」
「ほんとごめん…嫌、だったよな…」
「え、いや、そんなこと…」


 ないです、と呟いた瞬間、胸がぎゅうと締め付けられる。かぁっと顔に熱が集まってきて、寒いはずなのに何故か体が火照ってくる。ナギさんの顔をまともに見ることができず、私は彼から顔を逸らした。


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