権力



 ぴりっと肌に刺さるような感覚におそるおそる目を開ける。目の前に広がるのは真っ白な景色だった。


「チッ、やっぱここまでが限界か…」
「そ、と…?」
「そう、外。ほら、後ろ見てみな」


 彼は私を下ろして顔を後ろに向ける。それにつられて後ろを向くと、そこには皇国の首都であるイングラムの光景が目に映った。
 私たちはあの場所からここに移動したらしい。でもどうやって?疑問符を浮かべながら彼に目を移すと、いつの間にか皇国の仮面を被っていた。さっきまで持ってなかったはずなのに一体どこから持ってきたのだろう。
 私の視線に気付いたナギさんはニッと笑って口を開いた。


「寝てるやつからもらったんだよ」
「……ちゃっかりしてますね」
「これがねぇと色々困るからな。とにかく追手が来る前に一刻も早くここを離れねぇと」


 そう言うなりナギさんは私の手を握って歩き出す。珍しく吹雪いていない天気に安堵の息を吐きながら、ナギさんに置いていかれないように足を動かした。
 雪で足をとられてしまってなかなか思うように進まない。ナギさんも雪道に慣れていないのか、足取りは重そうだった。天候が晴れているのが唯一の救いだ。これで吹雪いていたら、きっと遭難していただろう。
 私はナギさんの背中を見ながら、さっきのは何なのか問い掛けてみた。


「あの」
「ん?なに?」
「どうやって帝都から脱出できたんですか?しかも一瞬で…」
「あぁ、俺の魔法だよ」
「ま、魔法…?」


 その言葉にハッとなる。そういえば彼は朱雀の人間だった。魔法で脱出できたというのなら納得がいく。でも、そんな魔法があるなんて思いもしなかった。一瞬で移動できるなんて便利すぎる。


「ま、そうだよなぁ」
「えっ…」
「また声に出てたぜ」
「…………」


 また無意識に声が出ていたらしい。恥ずかしさのあまり顔を俯かせて唇を噛んだ。
 なんで私、いつも無意識に出ちゃうんだろう。いつか余計なことを言ってしまうかもしれないし、これからはなるべく出さないように気を付けよう。
 自分にそう言い聞かせていると不意にナギさんの声が耳に入った。


「確かに魔法は便利だ。だけど魔法を使うのにも限界があるんだよ」
「へ…限界なんてあるんですか?」
「あぁ。魔法の使用にはクリスタルの力がいるし、魔力もひとりひとり量が違う。魔力が多いやつもいれば少ないやつだっているんだ」
「そうなんですか…」


 そんなこと初めて聞いた。朱雀が魔法の国だとは聞いていたが、魔法の力に個人差があるとは知らなかった。
 でも魔力が大なり小なりあるのなら、朱雀は魔法が使える限り無敵と言えるだろう。それをナギさんに言えば、彼は何故か首を横に振った。


「残念だけど、魔力はずっと使える訳じゃない」
「え、何でですか?」
「んー…クリスタルの恩恵を最大限に受けられるのは若い奴ら、まぁ、俺らみたいな奴らなんだよ。歳を老いれば老いるほど魔力は弱くなって、やがてなくなりあっという間に戦力外だ」
「老いれば老いるほど魔力がなくなる…?」


 不意に違和感を覚える。
 老いれば老いるほど魔力がなくなり戦力外となれば、魔法を最大限使える若い人たちがそれを引き継ぐ。それは魔力のなくなった人たちに代わって、若い人たちに国の未来がかかっているともとれる。つまり、魔力を使える若い人たちが戦場に出なければ、国に未来はないということだ。
 漠然となった朱雀の形態に言葉を失う。対して白虎は、クリスタルの力はほとんどが魔導アーマーに費やされていて、それを使いこなすのはそれなりに歳をとった人たちだ。若い人たちもいつかは戦場に行かなければならないのだと理解しているし、だからこそ鍛錬だって一生懸命受けている。でも、余程人員不足でなければ戦場に行くことは滅多にないのだ。
 黙り込む私にナギさんは足を止めて振り返る。ナギさんを見上げると彼は苦笑しながら口を開いた。


「んな悲しい顔しなくても、俺らみたいな奴は今はアギトになるために勉強してるだけだし、戦争に巻き込まれることはないと思うぜ」
「…でも、ナギさんは…」
「あぁ、俺はこういうのが仕事であり役目だからなぁ。ま、これも修行のうちってことで」


 つーか三回目。そう呟いてナギさんは私の額を小突く。そしてまた歩き始めた。
 ナギさんは、もう立派に敵国に潜入して密偵までこなしている。それが国のためだと彼は言うけれど、最悪死んでいたかもしれないのだ。たった17年しか生きていないのに。
 一番悪いのは戦争を引き起こしている人たちだ。国同士の争いにナギさんや私は巻き込まれているにすぎない。戦争なんてしなければナギさんもこんな危険なことさせられずに済んだのに、そう思いながら一歩ずつ足を進める。気付けば、空は灰色に染まり雪がちらつき始めていた。


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